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0020-06-11

神様の教会安商洪様<3次の7つの祭り-角笛祭>나팔절

我等の神様の教会は神様が御自ら立てられたこの地上の唯一の真の教会であります。(使20:28)私のブログを訪ね下さって感謝を差し上げます。福にあずかるよう願います。神様の教会では 聖霊安商洪様を信 じています。 安商洪様は 神様です。



韓国教会の便り 祭り
"全世界に向かって悔い改めを促すラッパを吹きなさい"


2005/10/03


10月 3日(聖暦 7月 1日)、角笛祭の大聖会


一年の中で一番豊かな月、収穫の喜びで心まで豊かになる月10月。聖暦7月を迎えて神様が賜われる聖霊の祝福をあふれるように受ける秋の祭りが始まった。一年の間苦労した結実が山と野に一杯になる収穫の時を迎えて靈的刈り入れる者の使命をつくした聖徒たちは10月3日(聖暦7月1日)、敬虔な心で角笛祭の大聖会にあずかった。



神様が3次7つの祭りを定められたのは、イエス様が十字架で息を引き取られた後再臨なさる日まで成し遂げることをモーセの事績を通じて見せて示されようとしたものだ。

したがって角笛祭もモーセの事績から起因する。モーセが一度目に十戒を頂きにシナイ山に登って40日を過ごす間、民は罪悪の地であるエジプトから助け出された神様の御恩に背いて金の雄牛を造って崇拝する悪を行うようになった。十戒を頂いて降りて来たモ-セはこの光景を見て激しく怒って十戒を刻み付けた石の板を山のふもとに投げつけて砕いた。この時イスラエルの民の内乱が起こって三千人の者が殺された。その後悔い改めた民は心身を清めて神様に一つの心で敬拝を献げ、悔い改めた。神様は民の罪を赦されてモーセに二度目の十戒を許されました。(出33章12-17節)。

モーセがシナイ山から二度目の十戒を頂いて降りて来た聖暦7月10日は大贖罪日で、この祭りを準備する意味で十日前にラッパを吹きならして記念した日が角笛祭だ。新しい契約の祭りを守る聖徒に角笛祭から大贖罪日まで、10日間の祈祷週間は一年の間神様に犯した罪と咎をはっきり告白して悔い改めることによって天の神殿の材料になった自分を清め、仮庵祭の春の雨の聖霊を待つ意味がある。

御母様は角笛祭の大聖会を通して貴い祭りで子供たちに無償で祝福を許された御父様に感謝を献げながら“神様の御力を信じて来たすべての子供たちに罪の赦しの御恵と共に春の雨の聖霊の祝福まであふれるように”と切に祈って下さいました。また最近発生した台風と地震被害で世界の人々が経験している激しい苦痛をあわれに思われて“災いが横行する時代、子供たちが神様の御言葉に従って全世界に救いの住まいであるシオンを勢いよく知らせて、多くの人々の安全と命を救い出す真理の角笛を吹き鳴らす者になって下さい”と切に祈られた。

ⓒ 2005 WATV

この日総会長金湊哲牧師は午前禮拝を通じて悔い改めを促す角笛を吹き鳴らして大贖罪日をあらかじめ知らせる役目をする角笛祭の由来を知らせて、この時代の聖徒がしなければならないことを悟らせた。そして神様が祭りを賜れた窮極的理由は神様の民である者とそうではない者を分かつためであり、区分される目的は罪に対する審判だと証しした。聖書では最後の刈り入れ時、麦と殻を束にする働きが記録されているがこの二つを区分して縛る帯の役割をするのが祭りだと言える。

神様の戒めである祭りの絶対性は、旧約時代南ユダの民が祭り背いたのでバビロンに滅亡されて捕らわれた歷史をふりかえってみればより鮮かになる。金湊哲牧師は南ユダの歷史を通じて救われるために必ず祭りを守らなければならないと力説、“祭りを守るシオン城こそ不安全で災いが多発するこの時代一番安全な住みかであり堅固な城”という点を強調した。

午後禮拝説教を通じて「悔い改めよ。天の国は近づいた」と切に悔い改めを促したイエス様の御声のようにはっきりと角笛を吹き鳴らしてシオンを知らせて世を悟らせようと勧告した。時代が時代であるほど角笛も吹き鳴らして、また神様の御言葉に従って「行って」「教える」行いが伴わなければならないという点も強調した。また地上に人の郡が増し、神様に滅ぼされるアッシリアの首都ニネベの人々が預言者ヨナの悔い改めを促す声を聞いて罪を悔い改めて救われた歷史を見せて“神様にだけ信じて行って叫ぶことによって死のことに決まっていたニネベの人々が救われたように、驚くべき結果を目で見る日が来るから、私たちも救いの真理を世界に広め伝えて多くの人々を災いから救われる預言者になろう”と促した。

聖徒は罪の赦しの祝福にあずかって天の倉に入れる貴い祭りを回復してくださった神様に感謝を献げて、緊迫した時代的状況を悟ることができなくて居眠っていた心霊ではなかったか自らを振り返った。神様の御言葉に従って真理のラッパを吹く者として救いの住みかであるシオンを力強く伝えてもっと多くの命の実を天国の倉に導く子供になることも念をおした。角笛祭のあふれる祝福にあずかった聖徒は十日間、朝夕心をつくして悔い改めの祈りをしながら罪の赦しにあずかる大贖罪日を敬虔に準備した。

0020-06-08

神様の教会安商洪様<3次の7つの祭り-仮庵祭>초막절

我等の神様の教会は神様が御自ら立てられたこの地上の唯一の真の教会であります。(使20:28)私のブログを訪ね下さって感謝を差し上げます。福にあずかるよう願います。神様の教会では 聖霊安商洪様を信 じています。 安商洪様は 神様です。

仮庵祭は収獲祭の終わりの祭りであり、一年の中終わりの祭りで聖暦7月15日から22日まで守り行いました(レビ 23: 34-36)。

仮庵祭は旧約時代だけではなく新約時代にも初臨イエス・キリストが守られ、使徒たちもイエス・キリストの教えどおり守った祭りです。終わりの時代にも再臨キリスト安商洪様の教えを受けた神様の教会では 1年の終わりに迎える仮庵祭の祭りを守っています。安商洪様は聖書の預言に従って来られ、荒れたシオンを再建してくださりすべての祭りを復旧させて下さいました。



仮庵祭の由来



モ-セが二度目の十戒を頂いて降りて来た日からすべての民に契約の御言葉と幕屋を作る問題をすべて説明した後(出34:27-35) その月15日から七日間幕屋を作る材料である金、銀、木材などをみずから 進んで神様に携えて来て、幕屋を建てさせました(出35: 4-29、36: 5-7)。神様はこの幕屋建築材料を製造してささげたその7日間を記念してイスラエルの民によって代々に覚えさせるために仮庵祭を決めて守らせたのです。



仮庵祭の儀式



イスラエルの民は仮庵祭を守り行うたびに幕屋の形式によって仮庵を造ったり、なつめやしの枝、ミルトスの枝、柳の木を取って神殿の前の広場や屋根を覆いました。そしてそこで一週間過ごして感謝の喜びを祝いました。そして貧しい家庭は、お互いに助け合って、祭りを聖別して守りました(ネヘ8:9-18節、レビ23: 39-43、申 16: 11-15節、ゼカ 14: 15-18)。



仮庵祭の預言成就



聖書には人を木にたとえたり(エレ 5: 14)、聖徒を神殿材料にたとえたりしました(黙 3:12)。このように草や木で組み合わせて仮庵を造って、そこで七日間一緒に喜び楽しむ儀式や、モ-セを通じて一週間神殿材料を集めて聖なる幕屋を完成した歴史は、木や神殿材料にたとえられた 14万 4千聖徒たちが集まることによって完成される地上の福音事業に対する預言です。

私たちはこの祭りに宣教大会を開き、幕屋の材料を集めるように神殿材料である聖徒たちを集めることによってイエス・キリストの降臨運動に基づかねばなりません。



仮庵祭の約束



仮庵祭は、天のエルサレムの神殿の材料である 1万4千人の聖徒たちを集めるために神様の御力である聖霊を許される喜ばしい日です。預言者ゼカリヤはこのような事実を次のように預言しました。

ゼカ14: 16-19 『エルサレムを攻めたあらゆる国から/残りの者が皆、年ごとに上って来て/万軍の主なる王を礼拝し、仮庵祭を祝う。地上の諸族の中で、エルサレムに上って万軍の主なる王を礼拝しようとしない者には、雨が与えられない。もし、エジプトの家族も上って来なければ、仮庵祭を祝うためにエルサレムに上らなかった諸国の民が、主から受けたと同じ疫病に見舞われることがないと言えようか。これこそ、仮庵祭を祝うために上って来なかったエジプトの受ける罰であり、またすべての国の受ける罰である。』

本文の内容の中では 「仮庵祭を守りに来ない者には雨(聖霊)を授けない」と明らかに預言されています。そして仮庵祭を守りに来なかった者には、神様が災いを下すはずであり、彼らは罰を受けるようになると教えています。にもかかわらず今日仮庵祭を守らない人々が 「聖霊を受けた」、「神様の祝福を受けた」と言うことは全く聖書にないサタンの偽りで、 むなしい嘘だという事実を確実に悟らなければなりません。神様の聖霊は仮庵祭を守る民に授けると約束され、イエス・キリストもこの問題に対して明らかな神様の御旨を説明してくださいました。

ヨハ 7: 37-39 『祭りが最も盛大に祝われる 終わりの日に、イエスは立ち上がって大声で言われた。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている"霊"について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、"霊"がまだ降っていなかったからである。』

預言者ゼカリヤは仮庵祭を守らない者には雨を授けないと説明し、イエス・キリストは仮庵祭を守って聖霊を受けなさいと言われました。

二つの内容の御言葉を比べて見れば、ゼカリヤ書に現われた仮庵祭に降る雨は、仮庵祭に賜る聖霊のことです。上の御言葉から見る時、聖霊は確かに五旬祭や仮庵祭を守る者に臨む神様の御恵みであり御旨です。では今日において仮庵祭を守らなかった人々が聖霊を受けたというのは、どの神の業でしょうか。聖霊の業でしょうか、悪霊の業でしょうか。神様は決してむなしい御言葉をしない方です。仮庵祭を守る民に聖霊を授けると約束されたら、仮庵祭を守らない民にどうして聖霊を授けられるでしょうか。それは明らかに神様でない、他の神の業です。

昔のファリサイ教人たちは、メシアが来られることを知っていながらもメシアを迎えられませんでした。そのように今日多くの聖書学者は春の雨の聖霊が注がれることを知っていながらも聖霊を受ける真理は悟れずにいます(エレ 8: 7、3: 3)。

0020-06-07

神様の教会安商洪様<3次の7つの祭り -(大)贖罪日>대속죄일

我等の神様の教会は神様が御自ら立てられたこの地上の唯一の真の教会であります。(使20:28)私のブログを訪ね下さって感謝を差し上げます。福にあずかるよう願います。神様の教会では 聖霊安商洪様を信 じています。 安商洪様は 神様です。

(大)贖罪日は聖暦7月10日で、イスラエルの民が1年の間犯した罪を赦される日です(レビ 23: 27)。今日私たちも1年の間犯した罪を赦されるためには必ず(大)贖罪日を守らなければなりません。(大)贖罪日を守らなくては罪の赦しにあずかったと言うことができません。

したがって、神様の教会では再臨キリスト安商洪様の教えによって (大)贖罪日を記念して守っています。(大)贖罪日は神様の子が1年の間犯した罪をサタンに渡す日なので、サタンは何とかして神様の子が(大)贖罪日を守れないようにするでしょう。私たちは神様が御自分の民にだけ許された祭りを守れないようにする者たちの正体をはっきり知らなければなりません。



(大)贖罪日の由来



イスラエルの民はエジプトから解放された後、40年間荒れ野で暮らすようになりました。神様は多くの民を治めるのに必要な律法を与えられるためにモ-セをシナイの山に呼ばれました。召されたモ-セは 40日間断食をした後に神様が御自ら記録してくださった十戒を頂いて下山しました。その時山のふもとにいたイスラエルの民はモ-セが 40日の間山から降りて来ないので彼は多分死んだのだと思いました。指導者を失ったと思った彼らは自分たちをカナンの地まで導く神を造ろうと提案し、ついに若い雄牛の像を造って周りで飲み食いして戯れ偶像を崇拜しました。シナイの山から降りて来たモ-セは、この驚く有様に大いに怒り、手に持っていた十戒の石の板を山のふもとに投げつけ砕いてしまいました。そして彼らが造った若い雄牛の像を焼き、それを粉に砕いて水の上にまき散らしイスラエルの人々に飲ませました。その日に三千人もの人々が剣に殺されました。

このようにして、神様に罪を犯したイスラエルの民は自分たちの行いの過ちを悔い改めた結果、神様はモ-セに二度目の十戒を許されました。砕いた十戒を新しく許されるという事実は、イスラエルの罪を赦されるという神様の憐れみ深い贖いの御旨がこめられています。まさにその二度目の十戒を頂いて降りて来たその日を毎年記念するのが (大)贖罪日の祭りです(出 32: 1-35)。



(大)贖罪日の儀式



1) アザゼルの雄山羊はサタンの表象物

旧約時代の贖罪日の儀式を調べて見ると、祭司たちの贖罪のためには雄牛を献げ物とし、民の贖罪のためには山羊を献げ物にしました。(大)贖罪日に使う二匹の山羊はそれぞれ違った意味を持ち、くじを引いて決められ、その中の一匹は神様のためにささげる贖罪の献げ物で、他の一匹はアザゼルのための献げ物の山羊は 荒れ野に 追いやられ、ついには死ぬようになっていました。

これは普段犯した民の罪が仮に聖所に移されてから(大)贖罪日を通じてアザゼルの雄山羊の頭に両手を置いて祈って、荒れ野に放して死ぬようにすることで、普段犯した私たちの罪が聖所で表象されたキリストに仮に移り、それが過越祭や(大)贖罪日のような祭りを通じてサタンに移され、サタンは最終的に罪を負って 荒れ野のような底なしの淵へ追いやられ苦しみ、最後には滅びてしまうことを (大)贖罪日の祭りを通じてその理を説明しています(レビ 16: 6-22)。

2) 大祭司が一人で一年に一度至聖所に入る日

ヘブ 9: 7 『しかし、第二の幕屋には年に一度、大祭司だけが入りますが、自分自身のためと民の過失のために献げる血を、必ず携えて行きます。』



(大)贖罪日の祭りの預言と預言成就



儀式の中の預言) 民の罪 → 聖所に罪が移され → (大)贖罪日に アザゼルの雄山羊に罪が移され → アザゼルの雄山羊は罪を負ってついに 荒れ野で苦しんで死ぬ

預言成就) 私たちの罪 → キリストが罪を負って下さる → (大)贖罪日にアザゼルの雄山羊に譬えられたサタンに最終的に罪を負わせる → サタンは地獄で苦しんで永遠に滅びる。

0020-06-06

神様の教会,安商洪様<3次の7つの祭り-角笛祭>나팔절

我等の神様の教会は神様が御自ら立てられたこの地上の唯一の真の教会であります。(使20:28)私のブログを訪ね下さって感謝を差し上げます。福にあずかるよう願います。神様の教会では 聖霊安商洪様を信 じています。 安商洪様は 神様です。

角笛祭は秋の農作物を取り入れの祭りの始まりで、角笛を大きく吹き鳴らして (大)贖罪日の準備で聖なる集まりを催し、聖別し守る日で聖暦7月 1日に行われる祭りです(レビ 23:24)。神様の教会では安商洪様が守りなさいと言われた御言葉に従って角笛祭を掟にして毎年秋の祭りとして守っています。福音の角笛を力強く吹き 鳴らして再臨キリスト安商洪様と神様の祭りを大胆に伝えています。



角笛祭の由来



モ-セが二度目に十戒を頂いて降りて来た(大)贖罪日を、毎年忘れず自分たちの罪を悔い改めるために毎年大贖罪日から十日前に角笛を吹き鳴らして、民は一年の間犯した罪を悔い改めながら汚れたものを避け、霊とまこととをもって大贖罪日を聖別して準備しました。



角笛祭の儀式



角笛を吹き鳴らして記念して、神様に燃やして献げ物をささげました。

レビ 23:23-25 『主はモ-セ に仰せになった。イスラエルの人々に告げなさい。 第七の月の一日は安息の日として守り、角笛を吹き鳴らして記念し,聖なる集会の日としなさい。あなたたちはいかなる仕事もしてはならない。 燃やして主にささげる献げ 物を携えなさい。』



預言と預言成就



旧約のすべての事は来るものの影だから実際は 1834年から 1844年まであったウィリアム・ミラ-のキリスト再臨運動があることを見せているのです。角笛祭から大贖罪日まで十日です。預言上、十日は十年に表象されているので(エゼ 4: 6) キリストが天の至聖所 に入られた1844年 10月 22日,すなわち聖暦7月 10日の大贖罪日を準備するための角笛祭の預言を成就されたのです。このように三次の七つの祭りはその預言が一つも 欠けることなく成し遂げられました。

この角笛祭の祭りの中、角笛を力強く吹き鳴らしたように、その預言を成就させる再臨運動が起きて角笛の音のような力強い宣教の叫びが起きました。そしてその起源になる 1844年聖暦7月 1日からはすべての聖徒がもっと心を合わせ切に祈ったので、キリストがその祈祷を受けられ 1844年 10月 22日すなわち聖暦7月 10日大贖罪日に天の至聖所に入って行ったのです。その頃ウィリアム・ミラ-の再臨運動があったことも神様の御旨を成就させたことでした。神様は私たちが神様の御旨を知らなくて行わない時には奇妙な方法でその御旨がかなうようにされます。記録に

ルカ 19: 37-40  『イエス はお 答えになった。 「言っておくが、もしこの 人たちが 黙れば、石が 叫びだす。』 

ですからその運動は彼らが知らずに行った角笛祭の預言が成し遂げたのです。だから私たちがすべて一緒に一つの心になって角笛祭を守って、その日から大贖罪日まで十日間切なる祈りをささげれば、キリストが香をたく時に私たちの祈りが香の煙に付いて神様の御前へ立ち上って(黙8:3-4)、祈りの答えとして尊い御恵みを下さるでしょう。

0020-05-30

神様の教会安商洪様<3次の7つの祭り- 七週祭>오순절

我等の神様の教会は神様が御自ら立てられたこの地上の唯一の真の教会であります。(使20:28)私のブログを訪ね下さって感謝を差し上げます。福にあずかるよう願います。神様の教会では 聖霊安商洪様を信 じています。 安商洪様は 神様です。

七週祭は新約に来て五旬祭と呼ばれた祭りで、小麦の収穫の初穂を神様に奉納物としてささげた日から(初穂祭から) 五十日目になる日に行われた祭りです。この祭りを七週祭という理由は、小麦の収穫の初穂をささげる初穂祭と五旬祭の間には七つの安息日が入っているからです(レビ23:15-16)。神様の祭りである五旬祭を忘れずに守る教会は、世界唯一に安商洪様が立てられた「神様の教会」の外にはありません。宗教暗黒世紀の間、忘れられた神様の祭りはひたすら神様だけ復旧させることができます。だから聖書の預言によって3次7つの祭りを復旧させるために来られた再臨キリスト安商洪様を迎えなければ決して神様の祭りを知ることも、守ることもできません。



七週祭の由来



紅海を渡った後、四十日目にモ-セは初めてシナイ山に登りました。そこで彼は神様のすべての指示を聞いて山から降りて、民に神様の御旨を伝えました。その十日後、すなわち紅海を渡った後五十日目にモ-セは十戒を受けるためにまたシナイ山に登りました。十戒を受けるためにシナイ山に登ったその日を忘れず覚えさせるために、神様はこの日を記念させるようにしたことが七週祭の由来になりました(出 24: 1-18)。



七週祭の預言と預言成就



七週祭、すなわち五旬祭はイエス・キリスト復活された(初穂祭)後40日目に天に昇天されてその後十日間聖霊を注いでくださいました。ですから初代教会の福音発展に大きな原動力になった日にその預言が成し遂げられました(使 2: 1-47)。しかし教会が世俗化されて聖霊の熱い炎が徐々に冷え結局聖霊はおさめるようになりました。これはすでに祭りの預言の中でも現われましたが、モ-セが戒めを受けて降りている途中、民が金の子牛の偶像を崇拜することを見て怒りで携えていた十戒の石の板を山の下に投げて破ってしまったように、五旬祭を通じて注いでくださった聖霊が、教会が世俗化され腐敗することによって神様が賜れた聖霊をおさめるようになることに対する預言でした。

0020-05-26

神様の教会安商洪様<3次の7つの祭り- 初穗祭>초실절

我等の神様の教会は神様が御自ら立てられたこの地上の唯一の真の教会であります。(使20:28)私のブログを訪ね下さって感謝を差し上げます。福にあずかるよう願います。神様の教会では 聖霊安商洪様を信 じています。 安商洪様は 神様です。

イエス・キリストが復活された復活祭は神様の大いなる権能を記念する日です。この日を昔は初穗祭と称え除酵祭の後、初めの安息日の翌日(日曜日)に行って来た聖なる神様の祭りです(レビ 23: 9-14)。

聖書の教えを完全に守る神様の教会では、聖書に記録されていない日に異教徒の風習であるゆで卵を食べて復活祭を守るのとは違い、霊の目を開いてくださるパンを食べ聖書に明示された正確な日に復活祭を守っています。聖書の預言にしたがって来られた再臨キリスト安商洪様が教えられた復活祭の祭りを聖書を通じて正確に知って守りましょう。




初穗祭の由来


(초실절의 유래)


イスラエルの民はエジプト軍隊から追撃されて緊張と恐怖の瞬間を迎えたが、神様が護られて紅海を渡ることができました。しかし後を追って来たエジプト軍隊は割れた海が元通りになり紅海で皆水葬されてしまいました。神様はこの驚くべき権能の日を忘れないで憶えさせるために紅海を渡って上陸したその日を毎年記念させたことが初穗祭の由来になりました(出 14: 26-31)。


初穗祭の儀式


初穗祭という単語自体がこの祭りの意味を明らかにしています。「初めての初という」字に「実の穗」という字だから初めて熟した実である初穂を祭司に持って行くと、祭司は民のためにその束を神様に受け 入れられるよう動かすのですが、安息日の翌日に束を動かす儀式 を行いました(レビ 23: 9-11)。

新約時代にはイエス・キリストがエマオに行く二人の弟子に復活祭のパンを渡し賜ることによって彼らの目が明るくなって、イエス・キリストを見る霊の目が開かれた日です(ルカ24: 13-35)。



初穗祭の預言と預言成就



神様は初穗祭のお供えである初穂一束を神様に受け入れられるよう動かすのですが安息日の翌日(日曜日)に振ってささげなさいと命じました。

レビ23:10-12 『イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。わたしが与える土地に入って穀物を収穫したならば、あなたたちは初穂を祭司のもとに携えなさい。祭司は、それを主に受け入れられるよう御前に差し出す。祭司は安息日の翌日にそれを差し出さねばならない。』

ここで言う 初穂はキリストを表象したものです。初穂(初めて熟した実)に表象されたキリストは、眠りについた 人たちの初穂として復活することによって初穗祭の預言を成就させました。

一コリ 15: 20 『しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。』

初穗祭のお供えである初穂一束は安息日の翌日である日曜日に神様にささげられ、その初穂はキリストを表象しているからイエス・キリストが復活された復活祭は必ず日曜日(安息日の翌日)に成し遂げられるはずです。

マル16:2-6 『安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」このように、人々はイエスにつまずいた。イエスは、「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」と言われた。そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった。そして、人々の不信仰に驚かれた。それから、イエスは付近の村を巡り歩いてお教えになった。』

これに見て初穗祭は復活祭の前形であり、初穗祭が安息後初めの日の日曜日に執行されたように、イエス・キリストが復活された復活祭も日曜日に執行されることが預言成就の当然の結果です。ですから初穗祭、すなわち復活祭は毎年日曜日に執行されています。イエス・キリストは、永遠なる掟に決めてくださった三次の七つの祭りの中に属した初穗祭のお供えの実際になり、眠りについた人たちの初穂として復活されました。

マタ 27:52-53 『墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。そして、イエスの復活の後、墓から/出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた。』

その当時、福音によって救われた聖徒たちはすべて麦の農作の熟した穀物になって、今日に来て救われる聖徒たちは秋の農作、最後の收穫の熟した穀物になったのです(出 23: 16)。

0020-05-13

神様の教会安商洪様<3次の7つの祭り- 過越祭>유월절

我等の神様の教会は神様が御自ら立てられたこの地上の唯一の真の教会であります。(使20:28)私のブログを訪ね下さって感謝を差し上げます。福にあずかるよう願います。神様の教会では 聖霊安商洪様を信 じています。 安商洪様は 神様です。

キリスト教信者に「救いを受けましたか。」と問えば「はい!」と答えるが「過越祭を守っていますか。」と問えば頭を傾げる人々が多いです。しかし事実、過越祭が分からなくては救いを受けたとは言えません。

イエス • キリストが手本として下さった過越祭を再び探して下さった再臨のキリスト 安商洪様を迎えた神様の教会では全世界で唯一、過越祭(聖暦1月14日の夕方、レビ23:4)を守り行っています。

過越祭は神様が人類に許された掟の中で、一番重要な掟の中の一つとされているが、その理由はすべての人類の罪の赦しと永遠の命の祝福をこの過越祭で約束されたからです。また、過越祭は災いを兔れる日でもあります。旧約時代にも各時代に従って過越祭を守った者と守らな者の滅びの歴史は確実に差がありました。

言い換えれば、過越祭を守らなければ罪の赦しも永遠の命の祝福も受けないばかりでなく、終わりの時神様が予定された災いから救われないということです。聖書の預言を信じる神様の教会では 安商洪様が教えて下さった初代教会の真理、過越祭を大切に守っています。



過越祭の由来

(유월절의 유래)



神様は430年間エジプトで奴隷生活しながら呻いたイスラエルの民を解放させるためにモ-セを選ばれて予定された摂理を広げました。

モ-セが80才の時、神様に召されてファラオの前に行ってイスラエルの民を解放するように要請したがエジプトのファラオは神様に対敵してもっとヘブライ人に労役を課します。神様は激しく憤ってエジプトに災いを下すことにされ第一は全ての水を血に変わるようにした災いで、継けて蛙の災い、あぶの災い…闇の災いに至るまで九つの災いを下しました。しかしファラオの心はかたくなになり神様の民を放すことを断ったのですが、これは神様がエジプトを審判なさろうとファラオの心をかたくなにしたからでした。

神様は十番目の災いでエジプトのすべての初子と家畜の初子滅ぼされることに決心され1月 14日(聖曆)をその施行日と決めました。しかしイスラエルの初子がエジプトの初子と一緒に死ぬことを願わなかったから、イスラエルの民は家の入り口の二本の柱と鴨居に一歳の小羊の血を塗るように命じられました。

出 12:1~14『その小羊は、傷のない一歳の雄でなければならない…それを食べるときは、腰 を締め、靴を履き、杖を手にし、急いで食べる。これが主の過越である…あなたたちのいる家に塗った血は、あなたたちのしるしとなる。血を見たならば、わたしはあなたたちを過ぎ越す。わたしがエジプトの国を撃つとき、滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。この日は、あなたたちにとって記念すべき日となる。あなたたちは、この日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない。』 

小羊の血は神様の民という印だから災いを下す天使がそれを見てその家は過ぎ越しました。それでその日を過越祭(逾越節 、Passover : 災いが過ぎ越す) と呼ぶようになりました。

その晩イスラエルの民はすべての旅行準備を終えて過越祭の小羊の肉を焼いて食べてその血を塗って待っていました。あちこちで泣き叫ぶ声が聞こえました。エジプトのすべての長子が死に、ファラオの長子も死にました。

ファラオは夜中にモ-セとアロンを呼び、エジプトから去るのを願いました。エジプト人もその間あらゆる災いを経験したので自分たちが持っていた銀、金の装飾品や衣類までもイスラエルの民にやって早く去ることを願いました。

過越祭は神様がイスラエルの民をエジプトの捕虜生活から解放させた日です。この事が鏡になって新約時代になっても過越祭は災いから救われる唯一の祭りであるばかりでなく、罪から解放させた日になるのです。



過越祭で永遠の命を約束

(유월절로 영원한 생명을 약속)



すべての人類が切望している永遠の命は誰でも与えることができるものではありません。出エジプトの時イスラエルの民を救われたように、私たちに命と救いを下さる方はただ一人神様の外にはいません。

一ヨハ5:20 『わたしたちは知っています。神の子が来て、真実な方を知る力を与えてくださいました。 わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス•キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。』

それでは神様は私たちにどんな方法で命を許し賜わるのでしょうか。その方法は出エジプトの時イスラエルの民を救われた過越祭の小羊の血で表象されたキリストの血(一コリ5:7)で救いを許されます。

ヨハ6:53-55 『イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。』

イエス•キリストは過越祭に食べるパンをイエス•キリストの肉とされ、過越祭に飲むぶどう酒をイエス•キリストの血と約束されました。

マタ 26:17∼28  『弟子たちは、イエスに 命じられたとおりにして、過越の食事を準備した。…イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに 渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。」』 

私たちが過越祭を通してイエス•キリストの肉と血に与るのは、他ではなく命であられるイエス•キリストの御言葉が「食べて飲めば永遠の命を得る」と約束されたからです。

イエス•キリストは「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない」(ヨハ 6:53)と言われたので過越祭を守り行わなかったら、どうして約束された永遠の命を得ることができますか。

そしてイエス•キリストは過越祭を示して新しい契約だと言われました。

ルカ22:7~ 20 『過越の小羊を屠るべき除酵祭の日が来た。…時刻になったので、イエス は食事の席に着かれたが、使徒たちも一緖だった。イエスは言われた。「苦しみを受ける前に、あなたがたと 共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた。…それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」食事を終えてから、杯も同じようにして 言われた。「この杯は、あなたがたのために 流される、わたしの血による新しい契約である。』 

イエス • キリストは新しい契約の過越祭により永遠の命を約束されました。

0020-04-20

神様の教会安商洪様<祭り過越祭大聖会>유월절대성회

神様の教会は 安商洪様と天の御母様を 信じています。安商洪様は 再臨キリストです。天の御母様は 神様です。
韓国教会の-便り
<祭り過越祭大聖会>
2006/04/12


キリストの血で立てられた新しい契約、死から永生へ



待望の新しい契約の過越祭大聖会が去る4月12日(聖暦1月14日)夕方、全世界の神様の教会で一斉に挙行された。その間全国と海外で手まめに伝令の使命をおいながら新しい契約の過越祭を準備したシオンの聖徒たちは永遠の命を許された神様の約束に従って聖なる過越祭大聖会に参加した

ⓒ 2006 WATV

過越祭は旧約当時イスラエルの民が小羊の血によって災いから救われ、奴隸生活したエジプトから解放された日として、神様が永久の定めとして代々に守りなさいと命じられた祭りだ(出 12:1~14)。イエス·キリストは過越祭に御自分の肉と血で表象されたパンとぶどう酒を食べて飲ませることによって人類を罪悪の世の解放させながら永遠の救いの印である新しい契約を立てて下さった(ヨハ 6: 53、ルカ22:7)。

このような御旨に従って使徒たちも毎年過越祭聖晩餐に参加し、新しい契約を伝えたがA.D.325年以後新しい契約の過越祭は教会史で捜すことができませんでした。今日神様の教会だけが神様が再び回复し賜れた新しい契約の過越祭をイエス·キリストのすべての模範に従って守っている。

洗足儀式礼拝で総会長金湊哲牧師は“洗足儀式は過越祭聖晩餐の前に御自ら弟子たちの足を洗わせて下さったキリストの模範に従うこと”と言い、旧約時代祭司たちが聖所に入って行く前手足を洗い清めて死をꟙれた模型的な歴史を説明した。

この日、新しいエルサレム神殿では御母様が御自ら聖徒たちの足を洗ってくださった。聖徒たちは2千年前、罪人の足を洗ってくださる神様の行動を手におえることができなくて「わたしの足など、決して洗わないでください」と言ったが、御言葉に従って洗足儀式を行ったペトロの心を感じてキリストが見せてくださった仕えの模範に従ってお互いの足を洗った。


引き継いで聖餐礼拝を通じて御母様は失われた永遠の命と天国を取り戻すことができる特権として過越祭の命の糧を許された御父様に感謝を献げられ、子供たちが信仰で聖晩餐を食べて飲んで永生に参加することと、世の中の多くの魂たちが過越祭を守ることによって神様に帰って来て新しい命を得ることを祈られました。

総会長金湊哲牧師は‘死から永遠の命の体に'という説教を通じて“死ぬと決まっていた人類に神様は過越祭で永遠の命の奇蹟を成し遂げられた”と言い、過越祭にこめられた驚くべき祝福をもう一度思い起した。また神様の約束によって過越祭に参加した私たちは考えと行いまでもキリスト人にふさわしくしなければならないと言った。また“sキリスト人の心を持ってまだ新しい契約が伝えないすべての国に過越祭を伝えて世界を救おう”と促した。

聖徒たちはキリストの肉と血で約束されたパンとぶどう酒を食べて飲んで、罪人たちのために犠牲になられたキリストの崇高な愛を心に刻んだ。また過越祭を通じて救いを約束されて神様の相続人にしてくださることに感謝してその御恵みに報いるために全世界に過越祭の命の便りを速やかに伝えると念をおした。



神様の教会は 安商洪様と天の御母様を 信じています。安商洪様は 再臨キリストです。天の御母様は 神様です。

0020-03-27

神様の教会安商洪様<3次の7つの祭り-仮庵祭>초막절

仮庵祭は収獲祭の終わりの祭りであり、一年の中終わりの祭りで聖暦7月15日から22日まで守り行いました(レビ 23: 34-36)。
仮庵祭は旧約時代だけではなく新約時代にも初臨イエス・キリストが守られ、使徒たちもイエス・キリストの教えどおり守った祭りです。終わりの時代にも再臨キリスト安商洪様の教えを受けた神様の教会では 1年の終わりに迎える仮庵祭の祭りを守っています。安商洪様は聖書の預言に従って来られ、荒れたシオンを再建してくださりすべての祭りを復旧させて下さいました。



仮庵祭の由来



モ-セが二度目の十戒を頂いて降りて来た日からすべての民に契約の御言葉と幕屋を作る問題をすべて説明した後(出34:27-35) その月15日から七日間幕屋を作る材料である金、銀、木材などをみずから 進んで神様に携えて来て、幕屋を建てさせました(出35: 4-29、36: 5-7)。神様はこの幕屋建築材料を製造してささげたその7日間を記念してイスラエルの民によって代々に覚えさせるために仮庵祭を決めて守らせたのです。



仮庵祭の儀式



イスラエルの民は仮庵祭を守り行うたびに幕屋の形式によって仮庵を造ったり、なつめやしの枝、ミルトスの枝、柳の木を取って神殿の前の広場や屋根を覆いました。そしてそこで一週間過ごして感謝の喜びを祝いました。そして貧しい家庭は、お互いに助け合って、祭りを聖別して守りました(ネヘ8:9-18節、レビ23: 39-43、申 16: 11-15節、ゼカ 14: 15-18)。



仮庵祭の預言成就



聖書には人を木にたとえたり(エレ 5: 14)、聖徒を神殿材料にたとえたりしました(黙 3:12)。このように草や木で組み合わせて仮庵を造って、そこで七日間一緒に喜び楽しむ儀式や、モ-セを通じて一週間神殿材料を集めて聖なる幕屋を完成した歴史は、木や神殿材料にたとえられた 14万 4千聖徒たちが集まることによって完成される地上の福音事業に対する預言です。


私たちはこの祭りに宣教大会を開き、幕屋の材料を集めるように神殿材料である聖徒たちを集めることによってイエス・キリストの降臨運動に基づかねばなりません。



仮庵祭の約束



仮庵祭は、天のエルサレムの神殿の材料である 1万4千人の聖徒たちを集めるために神様の御力である聖霊を許される喜ばしい日です。預言者ゼカリヤはこのような事実を次のように預言しました。


ゼカ14: 16-19 『エルサレムを攻めたあらゆる国から/残りの者が皆、年ごとに上って来て/万軍の主なる王を礼拝し、仮庵祭を祝う。地上の諸族の中で、エルサレムに上って万軍の主なる王を礼拝しようとしない者には、雨が与えられない。もし、エジプトの家族も上って来なければ、仮庵祭を祝うためにエルサレムに上らなかった諸国の民が、主から受けたと同じ疫病に見舞われることがないと言えようか。これこそ、仮庵祭を祝うために上って来なかったエジプトの受ける罰であり、またすべての国の受ける罰である。』


本文の内容の中では 「仮庵祭を守りに来ない者には雨(聖霊)を授けない」と明らかに預言されています。そして仮庵祭を守りに来なかった者には、神様が災いを下すはずであり、彼らは罰を受けるようになると教えています。にもかかわらず今日仮庵祭を守らない人々が 「聖霊を受けた」、「神様の祝福を受けた」と言うことは全く聖書にないサタンの偽りで、 むなしい嘘だという事実を確実に悟らなければなりません。神様の聖霊は仮庵祭を守る民に授けると約束され、イエス・キリストもこの問題に対して明らかな神様の御旨を説明してくださいました。


ヨハ 7: 37-39 『祭りが最も盛大に祝われる 終わりの日に、イエスは立ち上がって大声で言われた。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている"霊"について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、"霊"がまだ降っていなかったからである。』


預言者ゼカリヤは仮庵祭を守らない者には雨を授けないと説明し、イエス・キリストは仮庵祭を守って聖霊を受けなさいと言われました。


二つの内容の御言葉を比べて見れば、ゼカリヤ書に現われた仮庵祭に降る雨は、仮庵祭に賜る聖霊のことです。上の御言葉から見る時、聖霊は確かに五旬祭や仮庵祭を守る者に臨む神様の御恵みであり御旨です。では今日において仮庵祭を守らなかった人々が聖霊を受けたというのは、どの神の業でしょうか。聖霊の業でしょうか、悪霊の業でしょうか。神様は決してむなしい御言葉をしない方です。仮庵祭を守る民に聖霊を授けると約束されたら、仮庵祭を守らない民にどうして聖霊を授けられるでしょうか。それは明らかに神様でない、他の神の業です。


昔のファリサイ教人たちは、メシアが来られることを知っていながらもメシアを迎えられませんでした。そのように今日多くの聖書学者は春の雨の聖霊が注がれることを知っていながらも聖霊を受ける真理は悟れずにいます(エレ 8: 7、3: 3)。

0020-03-26

神様の教会安商洪様<3次の7つの祭り-(大)贖罪日>대속죄일

(大)贖罪日は聖暦7月10日で、イスラエルの民が1年の間犯した罪を赦される日です(レビ 23: 27)。今日私たちも1年の間犯した罪を赦されるためには必ず(大)贖罪日を守らなければなりません。(大)贖罪日を守らなくては罪の赦しにあずかったと言うことができません。
したがって、神様の教会では再臨キリスト安商洪様の教えによって (大)贖罪日を記念して守っています。(大)贖罪日は神様の子が1年の間犯した罪をサタンに渡す日なので、サタンは何とかして神様の子が(大)贖罪日を守れないようにするでしょう。私たちは神様が御自分の民にだけ許された祭りを守れないようにする者たちの正体をはっきり知らなければなりません。



(大)贖罪日の由来



イスラエルの民はエジプトから解放された後、40年間荒れ野で暮らすようになりました。神様は多くの民を治めるのに必要な律法を与えられるためにモ-セをシナイの山に呼ばれました。召されたモ-セは 40日間断食をした後に神様が御自ら記録してくださった十戒を頂いて下山しました。その時山のふもとにいたイスラエルの民はモ-セが 40日の間山から降りて来ないので彼は多分死んだのだと思いました。指導者を失ったと思った彼らは自分たちをカナンの地まで導く神を造ろうと提案し、ついに若い雄牛の像を造って周りで飲み食いして戯れ偶像を崇拜しました。シナイの山から降りて来たモ-セは、この驚く有様に大いに怒り、手に持っていた十戒の石の板を山のふもとに投げつけ砕いてしまいました。そして彼らが造った若い雄牛の像を焼き、それを粉に砕いて水の上にまき散らしイスラエルの人々に飲ませました。その日に三千人もの人々が剣に殺されました。


このようにして、神様に罪を犯したイスラエルの民は自分たちの行いの過ちを悔い改めた結果、神様はモ-セに二度目の十戒を許されました。砕いた十戒を新しく許されるという事実は、イスラエルの罪を赦されるという神様の憐れみ深い贖いの御旨がこめられています。まさにその二度目の十戒を頂いて降りて来たその日を毎年記念するのが (大)贖罪日の祭りです(出 32: 1-35)。



(大)贖罪日の儀式



1) アザゼルの雄山羊はサタンの表象物


旧約時代の贖罪日の儀式を調べて見ると、祭司たちの贖罪のためには雄牛を献げ物とし、民の贖罪のためには山羊を献げ物にしました。(大)贖罪日に使う二匹の山羊はそれぞれ違った意味を持ち、くじを引いて決められ、その中の一匹は神様のためにささげる贖罪の献げ物で、他の一匹はアザゼルのための献げ物の山羊は 荒れ野に 追いやられ、ついには死ぬようになっていました。


これは普段犯した民の罪が仮に聖所に移されてから(大)贖罪日を通じてアザゼルの雄山羊の頭に両手を置いて祈って、荒れ野に放して死ぬようにすることで、普段犯した私たちの罪が聖所で表象されたキリストに仮に移り、それが過越祭や(大)贖罪日のような祭りを通じてサタンに移され、サタンは最終的に罪を負って 荒れ野のような底なしの淵へ追いやられ苦しみ、最後には滅びてしまうことを (大)贖罪日の祭りを通じてその理を説明しています(レビ 16: 6-22)。


2) 大祭司が一人で一年に一度至聖所に入る日


ヘブ 9: 7 『しかし、第二の幕屋には年に一度、大祭司だけが入りますが、自分自身のためと民の過失のために献げる血を、必ず携えて行きます。』



(大)贖罪日の祭りの預言と預言成就



儀式の中の預言)

民の罪 → 聖所に罪が移され → (大)贖罪日に アザゼルの雄山羊に罪が移され → アザゼルの雄山羊は罪を負ってついに 荒れ野で苦しんで死ぬ


預言成就)

私たちの罪 → キリストが罪を負って下さる → (大)贖罪日にアザゼルの雄山羊に譬えられたサタンに最終的に罪を負わせる → サタンは地獄で苦しんで永遠に滅びる。

神様の教会安商洪様<3次の7つの祭り-角笛祭>나팔절

角笛祭は秋の農作物を取り入れの祭りの始まりで、角笛を大きく吹き鳴らして (大)贖罪日の準備で聖なる集まりを催し、聖別し守る日で聖暦7月 1日に行われる祭りです(レビ 23:24)。神様の教会では安商洪様が守りなさいと言われた御言葉に従って角笛祭を掟にして毎年秋の祭りとして守っています。福音の角笛を力強く吹き 鳴らして再臨キリスト安商洪様と神様の祭りを大胆に伝えています。


角笛祭の由来



モ-セが二度目に十戒を頂いて降りて来た(大)贖罪日を、毎年忘れず自分たちの罪を悔い改めるために毎年大贖罪日から十日前に角笛を吹き鳴らして、民は一年の間犯した罪を悔い改めながら汚れたものを避け、霊とまこととをもって大贖罪日を聖別して準備しました。



角笛祭の儀式



角笛を吹き鳴らして記念して、神様に燃やして献げ物をささげました。


レビ 23:23-25 『主はモ-セ に仰せになった。イスラエルの人々に告げなさい。 第七の月の一日は安息の日として守り、角笛を吹き鳴らして記念し,聖なる集会の日としなさい。あなたたちはいかなる仕事もしてはならない。 燃やして主にささげる献げ 物を携えなさい。』



預言と預言成就



旧約のすべての事は来るものの影だから実際は 1834年から 1844年まであったウィリアム・ミラ-のキリスト再臨運動があることを見せているのです。角笛祭から大贖罪日まで十日です。預言上、十日は十年に表象されているので(エゼ 4: 6) キリストが天の至聖所 に入られた1844年 10月 22日,すなわち聖暦7月 10日の大贖罪日を準備するための角笛祭の預言を成就されたのです。このように三次の七つの祭りはその預言が一つも 欠けることなく成し遂げられました。


この角笛祭の祭りの中、角笛を力強く吹き鳴らしたように、その預言を成就させる再臨運動が起きて角笛の音のような力強い宣教の叫びが起きました。そしてその起源になる 1844年聖暦7月 1日からはすべての聖徒がもっと心を合わせ切に祈ったので、キリストがその祈祷を受けられ 1844年 10月 22日すなわち聖暦7月 10日大贖罪日に天の至聖所に入って行ったのです。その頃ウィリアム・ミラ-の再臨運動があったことも神様の御旨を成就させたことでした。神様は私たちが神様の御旨を知らなくて行わない時には奇妙な方法でその御旨がかなうようにされます。記録に


ルカ 19: 37-40  『イエス はお 答えになった。 「言っておくが、もしこの 人たちが 黙れば、石が 叫びだす。』

 
ですからその運動は彼らが知らずに行った角笛祭の預言が成し遂げたのです。だから私たちがすべて一緒に一つの心になって角笛祭を守って、その日から大贖罪日まで十日間切なる祈りをささげれば、キリストが香をたく時に私たちの祈りが香の煙に付いて神様の御前へ立ち上って(黙8:3-4)、祈りの答えとして尊い御恵みを下さるでしょう。

0020-03-25

神様の教会安商洪様<3次の7つの祭り-七週祭>칠칠절

七週祭は新約に来て五旬祭と呼ばれた祭りで、小麦の収穫の初穂を神様に奉納物としてささげた日から(初穂祭から) 五十日目になる日に行われた祭りです。この祭りを七週祭という理由は、小麦の収穫の初穂をささげる初穂祭と五旬祭の間には七つの安息日が入っているからです(レビ23:15-16)。神様の祭りである五旬祭を忘れずに守る教会は、世界唯一に安商洪様が立てられた「神様の教会」の外にはありません。宗教暗黒世紀の間、忘れられた神様の祭りはひたすら神様だけ復旧させることができます。だから聖書の預言によって3次7つの祭りを復旧させるために来られた再臨キリスト安商洪様を迎えなければ決して神様の祭りを知ることも、守ることもできません。


七週祭の由来


紅海を渡った後、四十日目にモ-セは初めてシナイ山に登りました。そこで彼は神様のすべての指示を聞いて山から降りて、民に神様の御旨を伝えました。その十日後、すなわち紅海を渡った後五十日目にモ-セは十戒を受けるためにまたシナイ山に登りました。十戒を受けるためにシナイ山に登ったその日を忘れず覚えさせるために、神様はこの日を記念させるようにしたことが七週祭の由来になりました(出 24: 1-18)。


七週祭の預言と預言成就


七週祭、すなわち五旬祭はイエス・キリスト復活された(初穂祭)後40日目に天に昇天されてその後十日間聖霊を注いでくださいました。ですから初代教会の福音発展に大きな原動力になった日にその預言が成し遂げられました(使 2: 1-47)。しかし教会が世俗化されて聖霊の熱い炎が徐々に冷え結局聖霊はおさめるようになりました。これはすでに祭りの預言の中でも現われましたが、モ-セが戒めを受けて降りている途中、民が金の子牛の偶像を崇拜することを見て怒りで携えていた十戒の石の板を山の下に投げて破ってしまったように、五旬祭を通じて注いでくださった聖霊が、教会が世俗化され腐敗することによって神様が賜れた聖霊をおさめるようになることに対する預言でした。

神様の教会安商洪様<3次の7つの祭り-初穗祭>초실절

イエス・キリストが復活された復活祭は神様の大いなる権能を記念する日です。この日を昔は初穗祭と称え除酵祭の後、初めの安息日の翌日(日曜日)に行って来た聖なる神様の祭りです(レビ 23: 9-14)。
聖書の教えを完全に守る神様の教会では、聖書に記録されていない日に異教徒の風習であるゆで卵を食べて復活祭を守るのとは違い、霊の目を開いてくださるパンを食べ聖書に明示された正確な日に復活祭を守っています。聖書の預言にしたがって来られた再臨キリスト安商洪様が教えられた復活祭の祭りを聖書を通じて正確に知って守りましょう。



初穗祭の由来



イスラエルの民はエジプト軍隊から追撃されて緊張と恐怖の瞬間を迎えたが、神様が護られて紅海を渡ることができました。しかし後を追って来たエジプト軍隊は割れた海が元通りになり紅海で皆水葬されてしまいました。神様はこの驚くべき権能の日を忘れないで憶えさせるために紅海を渡って上陸したその日を毎年記念させたことが初穗祭の由来になりました(出 14: 26-31)。



初穗祭の儀式



初穗祭という単語自体がこの祭りの意味を明らかにしています。「初めての初という」字に「実の穗」という字だから初めて熟した実である初穂を祭司に持って行くと、祭司は民のためにその束を神様に受け 入れられるよう動かすのですが、安息日の翌日に束を動かす儀式 を行いました(レビ 23: 9-11)。


新約時代にはイエス・キリストがエマオに行く二人の弟子に復活祭のパンを渡し賜ることによって彼らの目が明るくなって、イエス・キリストを見る霊の目が開かれた日です(ルカ24: 13-35)。



初穗祭の預言と預言成就



神様は初穗祭のお供えである初穂一束を神様に受け入れられるよう動かすのですが

安息日の翌日(日曜日)に振ってささげなさいと命じました。


レビ23:10-12 『イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。わたしが与える土地に入って穀物を収穫したならば、あなたたちは初穂を祭司のもとに携えなさい。祭司は、それを主に受け入れられるよう御前に差し出す。祭司は安息日の翌日にそれを差し出さねばならない。』


ここで言う 初穂はキリストを表象したものです。初穂(初めて熟した実)に表象されたキリストは、眠りについた 人たちの初穂として復活することによって初穗祭の預言を成就させました。


一コリ 15: 20 『しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。』


初穗祭のお供えである初穂一束は安息日の翌日である日曜日に神様にささげられ、その初穂はキリストを表象しているからイエス・キリストが復活された復活祭は必ず日曜日(安息日の翌日)に成し遂げられるはずです。


マル16:2-6 『安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」このように、人々はイエスにつまずいた。イエスは、「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」と言われた。そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった。そして、人々の不信仰に驚かれた。それから、イエスは付近の村を巡り歩いてお教えになった。』


これに見て初穗祭は復活祭の前形であり、初穗祭が安息後初めの日の日曜日に執行されたように、イエス・キリストが復活された復活祭も日曜日に執行されることが預言成就の当然の結果です。ですから初穗祭、すなわち復活祭は毎年日曜日に執行されています。イエス・キリストは、永遠なる掟に決めてくださった三次の七つの祭りの中に属した初穗祭のお供えの実際になり、眠りについた人たちの初穂として復活されました。


マタ 27:52-53 『墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。そして、イエスの復活の後、墓から/出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた。』


その当時、福音によって救われた聖徒たちはすべて麦の農作の熟した穀物になって、今日に来て救われる聖徒たちは秋の農作、最後の收穫の熟した穀物になったのです(出 23: 16)。

神様の教会安商洪様<3次の7つの祭り-除酵祭>무교절


我等の神様の教会は神様が御自ら立てられたこの地上の唯一の真の教会であります。(使20:28) 神様の教会では安商洪様を信じています。神様の教会では天の母を信じています。



除酵祭の由来



除酵祭はキリストの十字架苦難を表象する祭りで聖曆正月15日に守る祭りです(レビ23:6)。神様の教会では再臨キリスト安商洪様の教えによって聖曆正月15日に除酵祭を守っています。


イスラエルの民が過越祭を守って翌日エジプトを去って紅海を渡るまで経験した苦難が除酵祭の由来になりました。その頃エジプトのファラオはイスラエルの民を解放してからすぐ心が変わって自ら選り抜きの戦車六百をはじめ、エジプトの戦車すべてを動員し、イスラエルの民を今一度捕まえようと追撃しました。ファラオの軍隊が目で見える距離まで近づいて来ると、イスラエルの民は恐ろしさにとらわれてエホバに請い願いモ-セを恨み始めました。そのような状況の中で神様はモ-セの杖を通じて紅海を陸地のように引き離してイスラエルの民が無事に渡れるように導きました。男(壮丁)の数字だけでも六十万だとしたらその中に属している女と子供はどれだけ多くいたでしょうか。しかし神様は雲柱と火柱でイスラエルの民とエジプト軍隊の間を引き離して彼らの追い討ちを引き延ばしてくださいました。このような状況なので逃げようとする者の心はどれだけはらはらしたでしょうか。このような状況の中で発生した苦しみが除酵祭の由来になりました(出 14: 1-31)。



除酵祭の儀式



旧約時代にはこのような苦難を忘れないで憶えるために毎年酵母を入れないパンと苦菜を食べさせたので、酵母を入れないパンを苦難のパンとも言いました(申16: 3)。これに対する預言はキリストが十字架によって苦難にあうことを表象したもので、新約時代に入ってはこの日に断食することでキリストの苦難に参加することを命じています。


マル 2: 20 「しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その日には、彼らは断食することになる。」



除酵祭の預言と預言成就



除酵祭は苦難の祭りとして将来キリストが十字架の苦難を受けることを表象した祭りです。イスラエルの民が紅海に入ったことはキリストが墓に入って行くことを表象したことであり、紅海で上陸したことはキリストの復活を表象したことだから、今私たちがいただいている浸礼でその意を現わしています。モ-セは除酵祭に肉身的イスラエルの民をシナイ荒れ野に導いたし、キリストは十字架を負われることでこの世の罪悪の地(エジプトで表象)から霊的イスラエルの民を信仰の荒れ野に導くようになったのです。


誰でも信じて浸礼を受ければ紅海を渡って信仰の荒れ野に入った人になります。私たちがこの除酵祭を守らなければならない理由は、キリストとともに十字架の苦難に参加して、そのことにより将来受ける患難をあらかじめ味わうようになるので、私たちがあう患難と試練を充分に耐えられるように神様から能力を受けるようになるからです(ルカ 22: 43-44節)。