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0021-11-29

<安商洪様 神様の教会>大災害の解決策、過越祭



天文学者と科学者たちが警告するおびただしい大災害 ! その災いから免れる方法は唯一、過越祭を守ることだけです。

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0021-11-24

神様の教会安商洪様<過越祭>


我等の神様の教会は神様が御自ら立てられたこの地上の唯一の真の教会であります。(使20:28)私のブログを訪ね下さって感謝を差し上げます。福にあずかるよう願います。神様の教会では 聖霊安商洪様を信 じています。 安商洪様は 神様です。



 
最後の災いと過越祭
 
 
神様が予定された最後の災いから救われることができる唯一の道は過越祭です。



マタ 24:37-39 『人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、このようである。そのとき、畑に二人の男がいれば、一人は連れて行かれ、もう一人は残される。』


一テサ 5: 1-3  『兄弟たち、その時と時期についてあなたがたには書き記す必要はありません。盗人が夜やって来るように、主の日は来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。人々が「無事だ。安全だ」と言っているそのやさきに、突然、破滅が襲うのです。ちょうど妊婦に産みの苦しみがやって来るのと同じで、決してそれから逃れられません。』


今、 すぐにでも、救いの便りに耳を傾けなければなりません。万一救いの便りを信じないで自分の謀で救われるために財産を無駄遣いして地下室を造るとか、ロケット(Rocket)で別世界に行くとか、静かな国に避難するとか、原子力潜水艦に乗って北極の氷山の下に入って避難する等は、しばらく危機を兔れるだけであり永遠な命は得ることができないという預言者の記録もあります。


アモ9:2-4  『たとえ、彼らが陰府に潜り込んでも/わたしは、そこからこの手で引き出す。/たとえ天に上っても/わたしは、そこから引き下ろす。たとえ、カルメルの頂に身を隠しても/わたしは、そこから探し出して連れ出す。/たとえ、わたしの目を逃れて、海の底に隠れても/そこで、蛇に命じてかませる。たとえ捕らわれ、敵の前に連れて行かれても/そこで、剣に命じて殺させる。/わたしは彼らの上に目を注ぐ。/それは災いのためであって/幸いのためではない。』


だからこれからは人間の手段と方法を使う代りに神様の導きに従い聖書の預言どおり救いの方法を研究してその通り従って行かなければならない時代が来ました。預言を信じている者を救われるために昔に鏡として終末を見せてくれた歴史がありますが、調べてみれば次の通りです。


出 12: 12-14 『その夜、わたしはエジプトの国を巡り、人であれ、家畜であれ、エジプトの国のすべての初子を撃つ。また、エジプトのすべての神々に裁きを行う。わたしは 主である。あなたたちのいる家に塗った血は、あなたたちのしるしとなる。血を見たならば、わたしはあなたたちを過ぎ越す。わたしがエジプトの国を撃つとき、滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。この日は、あなたたちにとって記念すべき日となる。あなたたちは、この日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない。』


新約聖書ヘブライ人への手紙 11章 28節に「信仰によって、モ-セは滅ぼす者が長子たちに手を下すことがないように、過越の食事をし、小羊の血を振りかけました」と言いました。言い換えれば、過越祭の小羊の血が印になって災いを下さないという話です。


これから終わりにはこの罪悪世の中に最後の災いが起こるでしょう。その時災いを免れる人々は果して誰でしょうか。過越祭を守りイエス • キリストの血を塗った者ではないですか。過越祭の権能の現われる時は正しく最後の災いが下る時です。最後の災いが下る時に過越祭を守らない者等は神様の大いなる 怒りと刑罰を受けて過越祭を守らなかったことを後悔するようになるでしょう。

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0020-11-30

神様の教会安商洪様<過越祭>

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<過越祭>




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0020-08-10

神様の教会安商洪様<永生の祝福にあずかる過越祭の大聖会 >유월절

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韓国教会の便り 祭り
永生と復活の祝福がこもった2005年春の祭り、全世界神様の...

2005/03/24

永生の祝福にあずかる過越祭の大聖会


人類の望みである‘永遠の命’の祝福が許された新しい契約の過越祭の大聖会が去る3月24日(聖暦1月14日)夕方、全国と海外のすべての神様の教会で一緒に行われた。全世界神様の教会の聖徒たちはこの日、人類の救いのために‘過越祭の小羊’として臨まれたイエス様が御自分の肉と血で御自ら結ばれた新しい契約である過越祭の掟を守りながら祭りに刻まれた神様の気高い御旨を記念した。



毎年聖暦1月14日夕方に行われる過越祭は3500年前、神様が被支配民族として苦んでいるイスラエルの民をエジプトから導き出された日を制定してくださりながら“代々にわたって守るべき不変の定めとして守らねばならない”と命ぜられた祭りである(出12: 1~14節)。旧約時代イスラエルの民が小羊をほふって毎年守って行ったこの祭りは、新約時代には過越祭のパンとぶどう酒をもって守られて来た。


これは過越祭の小羊の実体に臨まれたイエス様が過越祭のパンとぶどう酒をもって“罪の赦しがこめられた私の肉と血だからこれを食べて飲むと永生を得る”と遺言された後翌日十字架につけられることによって永遠の救いの新しい契約に力強く証しされました(マタ26:17、ヨハ6:53、ルカ22:14)。この時代神様の教会では“世の終わりまで守りなさい”と命じられた神様の御言葉どおり毎年1月14日夕方に過越祭のパンとぶどう酒をもって聖餐式を行ってキリストの聖なる犠牲を記念している。


過越祭の聖晩餐を行う前、聖徒たちは洗足例式礼拝を通じて聖書が教えてくれる洗足礼式の深い意味を研究して、弟子たちの足を洗われたイエス様の模範につれ敬虔な心で洗足礼式にあずっかった。




ⓒ 2005 WATV

洗足礼式の後、本格的な過越祭の記念礼拝が始まった。‘過越祭のパンとぶどう酒’が‘イエス様の肉と血’となる祝辞があった後、聖徒たちは祝辞したパンとぶどう酒を一緒に分け合い過越祭の大聖会のすべての礼式を神々しく敬虔に守った。聖徒たちは過越祭の聖晩餐礼式にあずかって罪人たちのために犠牲になられたキリストの愛をもう一度胸に刻んだ。

この日総会長金湊哲牧師は“聖書は永生を知らせてくれる本であり、善郡の実を食べて死に至るようになった人類は聖書を通じて永生が許されたエデンの園の命の実を捜して永生の道に進まなければなりません”と伝えて“イエス様は善郡の実の原罪によって死にいたるようになった人類に命を賜わるために肉身で臨まれた命の実の実体である”ということを聖書を通じて証しした。命の実の実体で来られたイエス様の肉と血が直ちに過越祭のパンとぶどう酒(ヨハ6:53、マタ26:17)で約束されたという真理も現わして、永遠の命を求めるすべての人たちに命の祭りである過越祭が速く伝わるように祈った。

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0020-06-09

神様の教会安商洪様<過越祭と神様の刻印 >유월절과 하나님의 인

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過越祭と神様の刻印



今日地球村のあちこちでは幾多の災い等─国家間の戦争と民族紛争、テロ、飢饉、地震そして異常気気候現象でよる殺人的 寒波と暑さ、洪水等─が起こっていてこのような災いが起こる度に人々は落ち着くことができなくて不安に震えています。聖書は行く行く臨むべき災いとその災いの時人たちが成すべき行いに対して既にずっと前から預言してあります。

アモス9章2∼9節
"たとえ彼らが陰府に潜り込んでも/わたしはそこからこの手で引き出すたとえ天に上っても。。。カルメルの頂に身を隠しても。。。わたしの目を逃れて海の底に隠れても"

このような御言葉を調べて見れば人間は何処なり必死的に隠れようとします。人間としてはよく堪え切れぬ大いなる災いがこの地に臨むからであります。このような事柄は記録当時なる2800年前アモス預言者時代に起る事柄でなくエホバの大いなる恐るべき日、すなわち神様の最後の裁きの時起るべき災いに対する警告の御言葉であります。

人間の手段で避けることができない最後の災い

尖端科学時代に生きている現代人たちは差し迫った災難と人類の終末を恐れて逃れる方法等を多角的に摸索しております。地球を数十回も破壊することのできる核武器の脅威から脱出するが為に地下とか海低、あるいは地球外の遊星に逃れ得るを推し量って一生懸命逃れ場を捜すためにあらゆる方法を尽くしています。深い海の低に逃げ去るために原子力潜水艦、地球外に逃げ去るための宇宙船等、多くの方法等が議論されている実状から米国のような強大国はウェト山の地下に白堊館を造って、またあちこち97個所の地下都市を造って事ある時の備えに準備していると言う報道もあります。

しかしこのような科学的方法や人間の手段では神様の激しい怒りを避けることができないと聖書は言っています。また最後の災いはどの限った地域にのみ臨むのではなく全地に臨むと記録されてあります。
ルカ21章35節
"その日は地の表のあらゆる所に住む人すべてに襲いかかるからである"

イザ24章3∼13節
"地は全く裸にされ。強奪に遭う。。。世界のただ中諸民族の間で/オリ─ブを探して打ち尽くすようなことが/収穫の後になお/ぶどうを探すようなことが起こる。

だとすれば地球上の世界民族に臨むその災いはどんな方法で人類に臨むべきか聖書を通じて調べて見ましょう。

2ペテロ3章5∼10節
"。。。その日天は激しい音をたてながら消えうせ自然界の諸要素は熱に熔け尽くし。。。"


神様が裁きの道具に火を治められると仰せになりましたから全地球上に臨むべき災いは正に火であります。その日が臨むようになると天は燃え溶けてすべてのものは熱い火の中で烈しく燃えて完全に消滅され勇敢なる勇士すらも恐え戦き嘆き悲しむ極めて苦しい日になるでしょう。

しかしいくら恐れ戦く状況の中でも神様は災いから逃れる救いの道を備えて置いて知らせて下さいます。科学者が作って開発した尖端の科学装備でなく聖書を通じてこそ救いの福音を賜り逃れる方法を詳細に証し下さいます。

神様の約束された災いを免れる過越祭

だとすれば災いを免れるようにして下さるという神様の約束はどこにあるか我ら皆目と耳、心の門を開けて神様の御言葉を調べて見ましょう。

出エジプト12章11∼14節
"。。。これが主の過越であるその夜、わたしはエジプトの国を巡り人であれ家畜であれエジプトの国のすべての初子を撃つ。。。あなたたちのいる家に塗った血はあなたたちのしるしとなる血を見たならばわたしはあなたたちを過ぎ越すわたしがエジプトの国を撃つとき滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。。。"

出エジプト当時初子を滅ぼす災いがエジプトの地に下す時死の天使等が過越祭を守り行ったイスラエルの家庭には何の災いも下さずにその家を過ぎ越しました。ですから過越祭は過ぎるの(過)越すの(越)の字を書いて"災いが過ぎ越す"という意味をもっています。また英語では(Passover)、希臘語では'パスカ'ヘブライ語では'ペサフ'に 表現します。

このように過越祭にて災いを越した業は時の終わりに直面している我らの戒めに聖書に記録されてあります。過越祭の御力が信じられないで背信の行動をしたイスラエルの働きと過越祭を大事にして守ったユダの王ヒゼキヤの業は一層我らに過越祭の重要なるを目覚ませます。

ユダの王ヒゼキヤは聖典修理の時見つけた契約の書を読んで神様の契約を悟って長い間守れなかった過越祭を守るために"過越祭を守りにエルサレムに上って来なされ'との知らせを伝える急使をすべてのユダとイスラエルに遣わました。その時急使を嘲り蔑んだ北方のイスラエルは数年後、アッシリアの侵攻に滅亡されてしまったが(王下18章9節)過越祭を聖別して守り行ったユダは強大なるアッシリアの侵略も神様の権能にて能く退けて健在だった業が記録されてあります(代下30/1∼27、王下18/13∼19/37)。

この終わりの時代にも思いもよらぬほど酷いの災いを受けるはずの群集がある一面神様のお助けに災いを免れる民があることを聖書は証ししてあります。

黙示錄7:1∼4
"この後わたしは大地の四隅に四人の天使が立っているのを見た。彼らは大地の四隅から吹く風をしっかり押さえて。。。生ける神の刻印を持って太陽の出る方角から上って来て。。。刻印を押してしまうまでは、大地も海も木も損なってはならない。。。"

最後の災いを免れる方法は神様の刻印に与る方法しかありません。だとすれば神様の刻印は何でしょうか。過越祭の小羊の血が'神様の刻印'になって最後の災いから神様の民が救われることを聖書は預言してあります。

出エジプト当時イスラエルの民は1年になった過越祭の小羊の血を入り口の二本の柱と鴨居に塗ってその肉を食べてこそ長子を滅ぼす恐ろしい災いから保護を受けることができたのであります。

旧約の過越祭の羊は新約時代イエス様を表象したのであります。

一コリ5:7∼8
"。。。キリストが我らの過越の小羊として屠られたからです。だから古いパン種や悪意と邪悪のパン種を用いないでパン種の入っていない純粋で真実のパンで過越祭を祝おうではありませんか"

ですから最後の災いを免れる唯一の方法は過越祭の小羊にます'イエスキキリストの血'の外にはありません。終わりの時人に害を加える力が許された天使たちが終わりの災いを下す為に風(戦争)を放つようになったらこの地にはこの大地には思いのよらぬ災いが襲うようになります(黙7:1以下)。神様は終わりの災いを越すために子供たちの額に'刻印を押します。つまるところ'神様の刻印'は災いを免れる救いの刻印であります。

エゼ9:4∼6
"主は彼に言われた「都の中エルサレムの中を巡り。その中で行われているあらゆる忌まわしいことのゆえに嘆き悲しんでいる者の額に印を付けよ」。。。老人も若者もおとめも子供も人妻も殺して滅ぼし尽くさなければならないしかしあの印のある者に近づいてはならないさあわたしの神殿から始めよ。」彼らは神殿の前にいた長老たちから始めた"

神様は災いを下す天使たちにどんな人たちから滅ぼし尽くせよと命じられましたか。額に刻印のない者(すなわち過越祭 の小羊の血)、額に神様の刻印の押されていない偽教会の長老(指導者)から始めよと仰せになりました。

聖書の預言の御言葉を調べて見る時我らが住んでいる今この時代は最後の災いの時代であります。ですから神様は神様の子に災いを免れる方法はひたすら"神様の刻印"の外にはないという事実を論しております。

また最後の神様の刻印を押す御業も太陽の出る所、すなわち東方から始めて西方に伝えられるように預言されているという事実も証しています。

黙7:2
"わたしはまたもう一人の天使が生ける神の刻印を持って太陽の出る方角から上って来る。。。"

使徒ヨハネが黙示を載いたペトモス島を中心にして見る時。神様の刻印を押す御業は太陽の出る所、東方から始めてこそ聖書の預言が成就されるのです。

神様の所有なるため刻印を押される

過越祭を守る人は神様は我らの内におられ、我らが神様の内にいることを悟るようになります(ヨハネ6:56。15:4∼8)。神様の内にいる 我らは神様の所有なのであります。

2コリント1:21∼22
"我らとあなたがたとをキリストに固く結び付け。。。神はまた我らに証印を押して保証として我らの心に"霊"を与えてくださいました"

この部分を「口語訳」聖書には"神はまた我らに証印をおしその保証として我らの心に御霊を賜わったのである"と言っております。神様は我らを'神様の所有'という概念に神様の刻印を押して下さったのです。

だとすれば神様は御自分の所有にされた我らに如何なる祝福を賜われるか聖書を通じて調べて見ることにします。

イザ43:1∼3
"ヤコブよ。。。恐れるなわたしはあなたを贖うあなたはわたしのものわたしはあなたの名を呼ぶ水の中を通るときもわたしはあなたと共にいる大河の中を通ってもあなたは押し流されない火の中を歩いても焼かれず/炎はあなたに燃えつかない"

神様は過越祭の真理にて我らを自分の所有にされ確認の刻印を押して下さいました。そしていかなる災いと滅亡が来ても安全に護って下さると約束を堅くされました。

またこの最後の災いの時代に生きている子たちに早よう過越祭を守って最後の災いを免れよとお呼びになっております。したがって我らは四方の風(戦争)を押さえている天使たちがその手を放す前に神様の刻印である新しい契約の過越祭を全世界に知らせ救いの知らせを伝える急使の使命を尽くさなければなりません。

我らを神様の特別なる所有に使わし下さることを感謝いたします、神様がこの時代に施し賜う救いの御業に皆共にするシオンの兄弟姉妹になりますよう願います。

0020-05-18

神様の教会安商洪様<過越祭>유월절2,Passover2

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過越祭によって罪から解放

(유월절을 통해 죄에서 해방)


罪によって失われた天国の祝福を再び賜る為には必ず「罪の赦し」という祝福が隋伴しなければなりません。過越祭は罪の赦しを得て天国に帰ることができる神様の真理です。

ルカ4:17~21 『預言者イザヤの巻物が渡され…主がわたしを遣わされたのは、/捕らわれている人に解放を、/目の見えない人に視力の回復を告げ…そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現したと話し始められた。』

ある人は、一体誰に 捕虜になっているのかと言います。イエス•キリストは貴い御自分の血、過越の小羊の血で罪悪から、サタンの権勢から御自分の民を導いて自由を下さいました。

ロ-マ 6:22  『あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖なる生活の実を結んでいます。行き着くところは、永遠の命です。』 

出エジプト当時に一歳の過越祭の小羊の血によってイスラエルの民がエジプトから解放されて荒れ野生活に入って行った事件は、新約時代に入って過越祭の小羊であるイエス•キリストの肉と血を食べて飲む人々が罪悪の沼から解放されて信仰の荒れ野生活に入って行くことを教えています。(一コリ10: 1~12 参照)



最後の災いと過越祭

(마지막 재앙과 유월절)



神様が予定された最後の災いから救われることができる唯一の道は過越祭です。

マタ 24:37-39 『人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、このようである。そのとき、畑に二人の男がいれば、一人は連れて行かれ、もう一人は残される。』
一テサ 5: 1-3  『兄弟たち、その時と時期についてあなたがたには書き記す必要はありません。盗人が夜やって来るように、主の日は来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。人々が「無事だ。安全だ」と言っているそのやさきに、突然、破滅が襲うのです。ちょうど妊婦に産みの苦しみがやって来るのと同じで、決してそれから逃れられません。』

今、 すぐにでも、救いの便りに耳を傾けなければなりません。万一救いの便りを信じないで自分の謀で救われるために財産を無駄遣いして地下室を造るとか、ロケット(Rocket)で別世界に行くとか、静かな国に避難するとか、原子力潜水艦に乗って北極の氷山の下に入って避難する等は、しばらく危機を兔れるだけであり永遠な命は得ることができないという預言者の記録もあります。

アモ9:2-4  『たとえ、彼らが陰府に潜り込んでも/わたしは、そこからこの手で引き出す。/たとえ天に上っても/わたしは、そこから引き下ろす。たとえ、カルメルの頂に身を隠しても/わたしは、そこから探し出して連れ出す。/たとえ、わたしの目を逃れて、海の底に隠れても/そこで、蛇に命じてかませる。たとえ捕らわれ、敵の前に連れて行かれても/そこで、剣に命じて殺させる。/わたしは彼らの上に目を注ぐ。/それは災いのためであって/幸いのためではない。』

だからこれからは人間の手段と方法を使う代りに神様の導きに従い聖書の預言どおり救いの方法を研究してその通り従って行かなければならない時代が来ました。預言を信じている者を救われるために昔に鏡として終末を見せてくれた歴史がありますが、調べてみれば次の通りです。

出 12: 12-14 『その夜、わたしはエジプトの国を巡り、人であれ、家畜であれ、エジプトの国のすべての初子を撃つ。また、エジプトのすべての神々に裁きを行う。わたしは 主である。あなたたちのいる家に塗った血は、あなたたちのしるしとなる。血を見たならば、わたしはあなたたちを過ぎ越す。わたしがエジプトの国を撃つとき、滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。この日は、あなたたちにとって記念すべき日となる。あなたたちは、この日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない。』

新約聖書ヘブライ人への手紙 11章 28節に「信仰によって、モ-セは滅ぼす者が長子たちに手を下すことがないように、過越の食事をし、小羊の血を振りかけました」と言いました。言い換えれば、過越祭の小羊の血が印になって災いを下さないという話です。

これから終わりにはこの罪悪世の中に最後の災いが起こるでしょう。その時災いを免れる人々は果して誰でしょうか。過越祭を守りイエス • キリストの血を塗った者ではないですか。過越祭の権能の現われる時は正しく最後の災いが下る時です。最後の災いが下る時に過越祭を守らない者等は神様の大いなる 怒りと刑罰を受けて過越祭を守らなかったことを後悔するようになるでしょう。



新しい契約約の過越祭を回復した安商洪様

(새로운 새언약 유월절을 회복하신 안상홍님)



このように重要で大事な新しい契約の過越祭がA.D. 325年ニケア宗教会議でよって廃止された後、この世の中では探すことができなくなりました。過越祭が廃止された中、この世の中で誰が命を得ることができますか。それで廃止された過越祭をまた回復するためにイエス•キリストがまた来られると言われました。

ヘブ 9:28 『キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を 負うためではなく、御自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださるのです。』

サタンでよって廃止された新しい契約の過越祭を私たちに回復してくださった方がまさに安商洪様です。それでは新しい契約の過越祭を回復してくださった安商洪様は誰でしょうか。

イザ 25:6~9  『万軍の主はこの山で祝宴を開き/すべての民に良い肉と古い酒を供される。それは脂肪に 富む良い肉とえり抜きの酒。主はこの山で/すべての民の顔を包んでいた布と/すべての国を覆っていた布を滅ぼし死を永久に滅ぼしてくださる。主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい/御自分の民の恥を/地上からぬぐい去ってくださる。これは主が語られたことである。その日には、人は言う。見よ、この方こそわたしたちの神。わたしたちは待ち望んでいた。この方がわたしたちを救ってくださる。この方こそわたしたちが待ち望んでいた主。その救いを祝って喜び躍ろう。』

新しい契約の過越祭を回復してくださった安商洪様は聖書のすべての預言に従って登場された再臨キリスト、すなわち神様です。初代教会の聖徒たちが聖別して守った新しい契約の過越祭、最後の災いを目の前に置いて生きて行く私たちに 安商洪様が来られて回復してくださった新しい契約の過越祭は一番大事で神々しく守らなければならないキリストの福音です。

0020-05-13

神様の教会安商洪様<3次の7つの祭り- 過越祭>유월절

我等の神様の教会は神様が御自ら立てられたこの地上の唯一の真の教会であります。(使20:28)私のブログを訪ね下さって感謝を差し上げます。福にあずかるよう願います。神様の教会では 聖霊安商洪様を信 じています。 安商洪様は 神様です。

キリスト教信者に「救いを受けましたか。」と問えば「はい!」と答えるが「過越祭を守っていますか。」と問えば頭を傾げる人々が多いです。しかし事実、過越祭が分からなくては救いを受けたとは言えません。

イエス • キリストが手本として下さった過越祭を再び探して下さった再臨のキリスト 安商洪様を迎えた神様の教会では全世界で唯一、過越祭(聖暦1月14日の夕方、レビ23:4)を守り行っています。

過越祭は神様が人類に許された掟の中で、一番重要な掟の中の一つとされているが、その理由はすべての人類の罪の赦しと永遠の命の祝福をこの過越祭で約束されたからです。また、過越祭は災いを兔れる日でもあります。旧約時代にも各時代に従って過越祭を守った者と守らな者の滅びの歴史は確実に差がありました。

言い換えれば、過越祭を守らなければ罪の赦しも永遠の命の祝福も受けないばかりでなく、終わりの時神様が予定された災いから救われないということです。聖書の預言を信じる神様の教会では 安商洪様が教えて下さった初代教会の真理、過越祭を大切に守っています。



過越祭の由来

(유월절의 유래)



神様は430年間エジプトで奴隷生活しながら呻いたイスラエルの民を解放させるためにモ-セを選ばれて予定された摂理を広げました。

モ-セが80才の時、神様に召されてファラオの前に行ってイスラエルの民を解放するように要請したがエジプトのファラオは神様に対敵してもっとヘブライ人に労役を課します。神様は激しく憤ってエジプトに災いを下すことにされ第一は全ての水を血に変わるようにした災いで、継けて蛙の災い、あぶの災い…闇の災いに至るまで九つの災いを下しました。しかしファラオの心はかたくなになり神様の民を放すことを断ったのですが、これは神様がエジプトを審判なさろうとファラオの心をかたくなにしたからでした。

神様は十番目の災いでエジプトのすべての初子と家畜の初子滅ぼされることに決心され1月 14日(聖曆)をその施行日と決めました。しかしイスラエルの初子がエジプトの初子と一緒に死ぬことを願わなかったから、イスラエルの民は家の入り口の二本の柱と鴨居に一歳の小羊の血を塗るように命じられました。

出 12:1~14『その小羊は、傷のない一歳の雄でなければならない…それを食べるときは、腰 を締め、靴を履き、杖を手にし、急いで食べる。これが主の過越である…あなたたちのいる家に塗った血は、あなたたちのしるしとなる。血を見たならば、わたしはあなたたちを過ぎ越す。わたしがエジプトの国を撃つとき、滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。この日は、あなたたちにとって記念すべき日となる。あなたたちは、この日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない。』 

小羊の血は神様の民という印だから災いを下す天使がそれを見てその家は過ぎ越しました。それでその日を過越祭(逾越節 、Passover : 災いが過ぎ越す) と呼ぶようになりました。

その晩イスラエルの民はすべての旅行準備を終えて過越祭の小羊の肉を焼いて食べてその血を塗って待っていました。あちこちで泣き叫ぶ声が聞こえました。エジプトのすべての長子が死に、ファラオの長子も死にました。

ファラオは夜中にモ-セとアロンを呼び、エジプトから去るのを願いました。エジプト人もその間あらゆる災いを経験したので自分たちが持っていた銀、金の装飾品や衣類までもイスラエルの民にやって早く去ることを願いました。

過越祭は神様がイスラエルの民をエジプトの捕虜生活から解放させた日です。この事が鏡になって新約時代になっても過越祭は災いから救われる唯一の祭りであるばかりでなく、罪から解放させた日になるのです。



過越祭で永遠の命を約束

(유월절로 영원한 생명을 약속)



すべての人類が切望している永遠の命は誰でも与えることができるものではありません。出エジプトの時イスラエルの民を救われたように、私たちに命と救いを下さる方はただ一人神様の外にはいません。

一ヨハ5:20 『わたしたちは知っています。神の子が来て、真実な方を知る力を与えてくださいました。 わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス•キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。』

それでは神様は私たちにどんな方法で命を許し賜わるのでしょうか。その方法は出エジプトの時イスラエルの民を救われた過越祭の小羊の血で表象されたキリストの血(一コリ5:7)で救いを許されます。

ヨハ6:53-55 『イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。』

イエス•キリストは過越祭に食べるパンをイエス•キリストの肉とされ、過越祭に飲むぶどう酒をイエス•キリストの血と約束されました。

マタ 26:17∼28  『弟子たちは、イエスに 命じられたとおりにして、過越の食事を準備した。…イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに 渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。」』 

私たちが過越祭を通してイエス•キリストの肉と血に与るのは、他ではなく命であられるイエス•キリストの御言葉が「食べて飲めば永遠の命を得る」と約束されたからです。

イエス•キリストは「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない」(ヨハ 6:53)と言われたので過越祭を守り行わなかったら、どうして約束された永遠の命を得ることができますか。

そしてイエス•キリストは過越祭を示して新しい契約だと言われました。

ルカ22:7~ 20 『過越の小羊を屠るべき除酵祭の日が来た。…時刻になったので、イエス は食事の席に着かれたが、使徒たちも一緖だった。イエスは言われた。「苦しみを受ける前に、あなたがたと 共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた。…それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」食事を終えてから、杯も同じようにして 言われた。「この杯は、あなたがたのために 流される、わたしの血による新しい契約である。』 

イエス • キリストは新しい契約の過越祭により永遠の命を約束されました。

0020-03-15

安商洪様神様の教会<過越祭4>유월절4

キリスト教信者に「救いを受けましたか。」と問えば「はい!」と答えるが「過越祭を守っていますか。」と問えば頭を傾げる人々が多いです。しかし事実、過越祭が分からなくては救いを受けたとは言えません。
イエス • キリストが手本として下さった過越祭を再び探して下さった再臨のキリスト 安商洪様を迎えた神様の教会では全世界で唯一、過越祭(聖暦1月14日の夕方、レビ23:4)を守り行っています。
過越祭は神様が人類に許された掟の中で、一番重要な掟の中の一つとされているが、その理由はすべての人類の罪の赦しと永遠の命の祝福をこの過越祭で約束されたからです。また、過越祭は災いを兔れる日でもあります。旧約時代にも各時代に従って過越祭を守った者と守らな者の滅びの歴史は確実に差がありました。
言い換えれば、過越祭を守らなければ罪の赦しも永遠の命の祝福も受けないばかりでなく、終わりの時神様が予定された災いから救われないということです。聖書の預言を信じる神様の教会では 安商洪様が教えて下さった初代教会の真理、過越祭を大切に守っています。



新しい契約約の過越祭を回復した安商洪様



このように重要で大事な新しい契約の過越祭がA.D. 325年ニケア宗教会議でよって廃止された後、この世の中では探すことができなくなりました。過越祭が廃止された中、この世の中で誰が命を得ることができますか。それで廃止された過越祭をまた回復するためにイエス•キリストがまた来られると言われました。


ヘブ 9:28 『キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を 負うためではなく、御自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださるのです。』


サタンでよって廃止された新しい契約の過越祭を私たちに回復してくださった方がまさに安商洪様です。それでは新しい契約の過越祭を回復してくださった安商洪様は誰でしょうか。


イザ 25:6~9  『万軍の主はこの山で祝宴を開き/すべての民に良い肉と古い酒を供される。それは脂肪に 富む良い肉とえり抜きの酒。主はこの山で/すべての民の顔を包んでいた布と/すべての国を覆っていた布を滅ぼし死を永久に滅ぼしてくださる。主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい/御自分の民の恥を/地上からぬぐい去ってくださる。これは主が語られたことである。その日には、人は言う。見よ、この方こそわたしたちの神。わたしたちは待ち望んでいた。この方がわたしたちを救ってくださる。この方こそわたしたちが待ち望んでいた主。その救いを祝って喜び躍ろう。』


新しい契約の過越祭を回復してくださった安商洪様は聖書のすべての預言に従って登場された再臨キリスト、すなわち神様です。初代教会の聖徒たちが聖別して守った新しい契約の過越祭、最後の災いを目の前に置いて生きて行く私たちに 安商洪様が来られて回復してくださった新しい契約の過越祭は一番大事で神々しく守らなければならないキリストの福音です。

0020-03-14

安商洪様神様の教会<過越祭3>유월절3

キリスト教信者に「救いを受けましたか。」と問えば「はい!」と答えるが「過越祭を守っていますか。」と問えば頭を傾げる人々が多いです。しかし事実、過越祭が分からなくては救いを受けたとは言えません。
イエス • キリストが手本として下さった過越祭を再び探して下さった再臨のキリスト 安商洪様を迎えた神様の教会では全世界で唯一、過越祭(聖暦1月14日の夕方、レビ23:4)を守り行っています。
過越祭は神様が人類に許された掟の中で、一番重要な掟の中の一つとされているが、その理由はすべての人類の罪の赦しと永遠の命の祝福をこの過越祭で約束されたからです。また、過越祭は災いを兔れる日でもあります。旧約時代にも各時代に従って過越祭を守った者と守らな者の滅びの歴史は確実に差がありました。
言い換えれば、過越祭を守らなければ罪の赦しも永遠の命の祝福も受けないばかりでなく、終わりの時神様が予定された災いから救われないということです。聖書の預言を信じる神様の教会では 安商洪様が教えて下さった初代教会の真理、過越祭を大切に守っています。



最後の災いと過越祭



神様が予定された最後の災いから救われることができる唯一の道は過越祭です。


マタ 24:37-39 『人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、このようである。そのとき、畑に二人の男がいれば、一人は連れて行かれ、もう一人は残される。』


一テサ 5: 1-3  『兄弟たち、その時と時期についてあなたがたには書き記す必要はありません。盗人が夜やって来るように、主の日は来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。人々が「無事だ。安全だ」と言っているそのやさきに、突然、破滅が襲うのです。ちょうど妊婦に産みの苦しみがやって来るのと同じで、決してそれから逃れられません。』


今、 すぐにでも、救いの便りに耳を傾けなければなりません。万一救いの便りを信じないで自分の謀で救われるために財産を無駄遣いして地下室を造るとか、ロケット(Rocket)で別世界に行くとか、静かな国に避難するとか、原子力潜水艦に乗って北極の氷山の下に入って避難する等は、しばらく危機を兔れるだけであり永遠な命は得ることができないという預言者の記録もあります。


アモ9:2-4  『たとえ、彼らが陰府に潜り込んでも/わたしは、そこからこの手で引き出す。/たとえ天に上っても/わたしは、そこから引き下ろす。たとえ、カルメルの頂に身を隠しても/わたしは、そこから探し出して連れ出す。/たとえ、わたしの目を逃れて、海の底に隠れても/そこで、蛇に命じてかませる。たとえ捕らわれ、敵の前に連れて行かれても/そこで、剣に命じて殺させる。/わたしは彼らの上に目を注ぐ。/それは災いのためであって/幸いのためではない。』


だからこれからは人間の手段と方法を使う代りに神様の導きに従い聖書の預言どおり救いの方法を研究してその通り従って行かなければならない時代が来ました。預言を信じている者を救われるために昔に鏡として終末を見せてくれた歴史がありますが、調べてみれば次の通りです。


出 12: 12-14 『その夜、わたしはエジプトの国を巡り、人であれ、家畜であれ、エジプトの国のすべての初子を撃つ。また、エジプトのすべての神々に裁きを行う。わたしは 主である。あなたたちのいる家に塗った血は、あなたたちのしるしとなる。血を見たならば、わたしはあなたたちを過ぎ越す。わたしがエジプトの国を撃つとき、滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。この日は、あなたたちにとって記念すべき日となる。あなたたちは、この日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない。』


新約聖書ヘブライ人への手紙 11章 28節に「信仰によって、モ-セは滅ぼす者が長子たちに手を下すことがないように、過越の食事をし、小羊の血を振りかけました」と言いました。言い換えれば、過越祭の小羊の血が印になって災いを下さないという話です。


これから終わりにはこの罪悪世の中に最後の災いが起こるでしょう。その時災いを免れる人々は果して誰でしょうか。過越祭を守りイエス • キリストの血を塗った者ではないですか。過越祭の権能の現われる時は正しく最後の災いが下る時です。最後の災いが下る時に過越祭を守らない者等は神様の大いなる 怒りと刑罰を受けて過越祭を守らなかったことを後悔するようになるでしょう。

安商洪様神様の教会<過越祭2>유월절2


キリスト教信者に「救いを受けましたか。」と問えば「はい!」と答える が「過越祭を守っていますか。」と問えば頭を傾げる人々が多いです。しかし事実、過越祭が分からなくては救いを受けたとは言えません。
イエス • キリストが手本として下さった過越祭を再び探して下さった再臨のキリスト 安商洪様を迎えた神様の教会では全世界で唯一、過越祭(聖暦1月14日の夕方、レビ23:4)を守り行っています。過越祭は神様が人類に許された掟の中で、一番重要な掟の中の一つとされているが、その理由はすべての人類の罪の赦しと永遠の命の祝福をこの過越祭で約束されたからです。また、過越祭は災いを兔れる日でもあります。旧約時代にも各時代に従って過越祭を守った者と守らな者の滅びの歴史は確実に差がありました。 言い換えれば、過越祭を守らなければ罪の赦しも永遠の命の祝福も受けないばかりでなく、終わりの時神様が予定された災いから救われないということです。聖書の預言を信じる神様の教会では 安商洪様が教えて下さった初代教会の真理、過越祭を大切に守っています。



過越祭で永遠の命を約束

すべての人類が切望している永遠の命は誰でも与えることができるものではありません。出エジプトの時イスラエルの民を救われたように、私たちに命と救いを下さる方はただ一人神様の外にはいません。

一ヨハ5:20 『わたしたちは知っています。神の子が来て、真実な方を知る力を与えてくださいました。 わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス•キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。』

それでは神様は私たちにどんな方法で命を許し賜わるのでしょうか。その方法は出エジプトの時イスラエルの民を救われた過越祭の小羊の血で表象されたキリストの血(一コリ5:7)で救いを許されます。

ヨハ6:53-55 『イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。』

イエス•キリストは過越祭に食べるパンをイエス•キリストの肉とされ、過越祭に飲むぶどう酒をイエス•キリストの血と約束されました。

マタ 26:17∼28  『弟子たちは、イエスに 命じられたとおりにして、過越の食事を準備した。…イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに 渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。」』 

私たちが過越祭を通してイエス•キリストの肉と血に与るのは、他ではなく命であられるイエス•キリストの御言葉が「食べて飲めば永遠の命を得る」と約束されたからです。

イエス•キリストは「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない」(ヨハ 6:53)と言われたので過越祭を守り行わなかったら、どうして約束された永遠の命を得ることができますか。

そしてイエス•キリストは過越祭を示して新しい契約だと言われました。

ルカ22:7~ 20 『過越の小羊を屠るべき除酵祭の日が来た。…時刻になったので、イエス は食事の席に着かれたが、使徒たちも一緖だった。イエスは言われた。「苦しみを受ける前に、あなたがたと 共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた。…それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」食事を終えてから、杯も同じようにして 言われた。「この杯は、あなたがたのために 流される、わたしの血による新しい契約である。』 

イエス • キリストは新しい契約の過越祭により永遠の命を約束されました。
過越祭によって罪から解放
罪によって失われた天国の祝福を再び賜る為には必ず「罪の赦し」という祝福が隋伴しなければなりません。過越祭は罪の赦しを得て天国に帰ることができる神様の真理です。

ルカ4:17~21 『預言者イザヤの巻物が渡され…主がわたしを遣わされたのは、/捕らわれている人に解放を、/目の見えない人に視力の回復を告げ…そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現したと話し始められた。』

ある人は、一体誰に 捕虜になっているのかと言います。イエス•キリストは貴い御自分の血、過越の小羊の血で罪悪から、サタンの権勢から御自分の民を導いて自由を下さいました。

ロ-マ 6:22  『あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖なる生活の実を結んでいます。行き着くところは、永遠の命です。』 

出エジプト当時に一歳の過越祭の小羊の血によってイスラエルの民がエジプトから解放されて荒れ野生活に入って行った事件は、新約時代に入って過越祭の小羊であるイエス•キリストの肉と血を食べて飲む人々が罪悪の沼から解放されて信仰の荒れ野生活に入って行くことを教えています。(一コリ10: 1~12 参照)

0020-03-13

安商洪様神様の教会<過越祭1>유월절1


キリスト教信者に「救いを受けましたか。」と問えば「はい!」と答えるが「過越祭を守っていますか。」と問えば頭を傾げる人々が多いです。しかし事実、過越祭が分からなくては救いを受けたとは言えません。
イエス • キリストが手本として下さった過越祭を再び探して下さった再臨のキリスト 安商洪様を迎えた神様の教会では全世界で唯一、過越祭(聖暦1月14日の夕方、レビ23:4)を守り行っています。
過越祭は神様が人類に許された掟の中で、一番重要な掟の中の一つとされているが、その理由はすべての人類の罪の赦しと永遠の命の祝福をこの過越祭で約束されたからです。また、過越祭は災いを兔れる日でもあります。旧約時代にも各時代に従って過越祭を守った者と守らな者の滅びの歴史は確実に差がありました。
言い換えれば、過越祭を守らなければ罪の赦しも永遠の命の祝福も受けないばかりでなく、終わりの時神様が予定された災いから救われないということです。聖書の預言を信じる神様の教会では 安商洪様が教えて下さった初代教会の真理、過越祭を大切に守っています。



過越祭の由来


神様は430年間エジプトで奴隷生活しながら呻いたイスラエルの民を解放させるためにモ-セを選ばれて予定された摂理を広げました。


モ-セが80才の時、神様に召されてファラオの前に行ってイスラエルの民を解放するように要請したがエジプトのファラオは神様に対敵してもっとヘブライ人に労役を課します。神様は激しく憤ってエジプトに災いを下すことにされ第一は全ての水を血に変わるようにした災いで、継けて蛙の災い、あぶの災い…闇の災いに至るまで九つの災いを下しました。しかしファラオの心はかたくなになり神様の民を放すことを断ったのですが、これは神様がエジプトを審判なさろうとファラオの心をかたくなにしたからでした。


神様は十番目の災いでエジプトのすべての初子と家畜の初子滅ぼされることに決心され1月 14日(聖曆)をその施行日と決めました。しかしイスラエルの初子がエジプトの初子と一緒に死ぬことを願わなかったから、イスラエルの民は家の入り口の二本の柱と鴨居に一歳の小羊の血を塗るように命じられました。


出 12:1~14『その小羊は、傷のない一歳の雄でなければならない…それを食べるときは、腰 を締め、靴を履き、杖を手にし、急いで食べる。これが主の過越である…あなたたちのいる家に塗った血は、あなたたちのしるしとなる。血を見たならば、わたしはあなたたちを過ぎ越す。わたしがエジプトの国を撃つとき、滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。この日は、あなたたちにとって記念すべき日となる。あなたたちは、この日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない。』 


小羊の血は神様の民という印だから災いを下す天使がそれを見てその家は過ぎ越しました。それでその日を過越祭(逾越節 、Passover : 災いが過ぎ越す) と呼ぶようになりました。


その晩イスラエルの民はすべての旅行準備を終えて過越祭の小羊の肉を焼いて食べてその血を塗って待っていました。あちこちで泣き叫ぶ声が聞こえました。エジプトのすべての長子が死に、ファラオの長子も死にました。


ファラオは夜中にモ-セとアロンを呼び、エジプトから去るのを願いました。エジプト人もその間あらゆる災いを経験したので自分たちが持っていた銀、金の装飾品や衣類までもイスラエルの民にやって早く去ることを願いました。


過越祭は神様がイスラエルの民をエジプトの捕虜生活から解放させた日です。この事が鏡になって新約時代になっても過越祭は災いから救われる唯一の祭りであるばかりでなく、罪から解放させた日になるのです。