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0020-06-08

神様の教会安商洪様<3次の7つの祭り-仮庵祭>초막절

我等の神様の教会は神様が御自ら立てられたこの地上の唯一の真の教会であります。(使20:28)私のブログを訪ね下さって感謝を差し上げます。福にあずかるよう願います。神様の教会では 聖霊安商洪様を信 じています。 安商洪様は 神様です。

仮庵祭は収獲祭の終わりの祭りであり、一年の中終わりの祭りで聖暦7月15日から22日まで守り行いました(レビ 23: 34-36)。

仮庵祭は旧約時代だけではなく新約時代にも初臨イエス・キリストが守られ、使徒たちもイエス・キリストの教えどおり守った祭りです。終わりの時代にも再臨キリスト安商洪様の教えを受けた神様の教会では 1年の終わりに迎える仮庵祭の祭りを守っています。安商洪様は聖書の預言に従って来られ、荒れたシオンを再建してくださりすべての祭りを復旧させて下さいました。



仮庵祭の由来



モ-セが二度目の十戒を頂いて降りて来た日からすべての民に契約の御言葉と幕屋を作る問題をすべて説明した後(出34:27-35) その月15日から七日間幕屋を作る材料である金、銀、木材などをみずから 進んで神様に携えて来て、幕屋を建てさせました(出35: 4-29、36: 5-7)。神様はこの幕屋建築材料を製造してささげたその7日間を記念してイスラエルの民によって代々に覚えさせるために仮庵祭を決めて守らせたのです。



仮庵祭の儀式



イスラエルの民は仮庵祭を守り行うたびに幕屋の形式によって仮庵を造ったり、なつめやしの枝、ミルトスの枝、柳の木を取って神殿の前の広場や屋根を覆いました。そしてそこで一週間過ごして感謝の喜びを祝いました。そして貧しい家庭は、お互いに助け合って、祭りを聖別して守りました(ネヘ8:9-18節、レビ23: 39-43、申 16: 11-15節、ゼカ 14: 15-18)。



仮庵祭の預言成就



聖書には人を木にたとえたり(エレ 5: 14)、聖徒を神殿材料にたとえたりしました(黙 3:12)。このように草や木で組み合わせて仮庵を造って、そこで七日間一緒に喜び楽しむ儀式や、モ-セを通じて一週間神殿材料を集めて聖なる幕屋を完成した歴史は、木や神殿材料にたとえられた 14万 4千聖徒たちが集まることによって完成される地上の福音事業に対する預言です。

私たちはこの祭りに宣教大会を開き、幕屋の材料を集めるように神殿材料である聖徒たちを集めることによってイエス・キリストの降臨運動に基づかねばなりません。



仮庵祭の約束



仮庵祭は、天のエルサレムの神殿の材料である 1万4千人の聖徒たちを集めるために神様の御力である聖霊を許される喜ばしい日です。預言者ゼカリヤはこのような事実を次のように預言しました。

ゼカ14: 16-19 『エルサレムを攻めたあらゆる国から/残りの者が皆、年ごとに上って来て/万軍の主なる王を礼拝し、仮庵祭を祝う。地上の諸族の中で、エルサレムに上って万軍の主なる王を礼拝しようとしない者には、雨が与えられない。もし、エジプトの家族も上って来なければ、仮庵祭を祝うためにエルサレムに上らなかった諸国の民が、主から受けたと同じ疫病に見舞われることがないと言えようか。これこそ、仮庵祭を祝うために上って来なかったエジプトの受ける罰であり、またすべての国の受ける罰である。』

本文の内容の中では 「仮庵祭を守りに来ない者には雨(聖霊)を授けない」と明らかに預言されています。そして仮庵祭を守りに来なかった者には、神様が災いを下すはずであり、彼らは罰を受けるようになると教えています。にもかかわらず今日仮庵祭を守らない人々が 「聖霊を受けた」、「神様の祝福を受けた」と言うことは全く聖書にないサタンの偽りで、 むなしい嘘だという事実を確実に悟らなければなりません。神様の聖霊は仮庵祭を守る民に授けると約束され、イエス・キリストもこの問題に対して明らかな神様の御旨を説明してくださいました。

ヨハ 7: 37-39 『祭りが最も盛大に祝われる 終わりの日に、イエスは立ち上がって大声で言われた。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている"霊"について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、"霊"がまだ降っていなかったからである。』

預言者ゼカリヤは仮庵祭を守らない者には雨を授けないと説明し、イエス・キリストは仮庵祭を守って聖霊を受けなさいと言われました。

二つの内容の御言葉を比べて見れば、ゼカリヤ書に現われた仮庵祭に降る雨は、仮庵祭に賜る聖霊のことです。上の御言葉から見る時、聖霊は確かに五旬祭や仮庵祭を守る者に臨む神様の御恵みであり御旨です。では今日において仮庵祭を守らなかった人々が聖霊を受けたというのは、どの神の業でしょうか。聖霊の業でしょうか、悪霊の業でしょうか。神様は決してむなしい御言葉をしない方です。仮庵祭を守る民に聖霊を授けると約束されたら、仮庵祭を守らない民にどうして聖霊を授けられるでしょうか。それは明らかに神様でない、他の神の業です。

昔のファリサイ教人たちは、メシアが来られることを知っていながらもメシアを迎えられませんでした。そのように今日多くの聖書学者は春の雨の聖霊が注がれることを知っていながらも聖霊を受ける真理は悟れずにいます(エレ 8: 7、3: 3)。

神様の教会 安商洪様<仮庵祭大聖会 >초막절대성회

我等の神様の教会は神様が御自ら立てられたこの地上の唯一の真の教会であります。(使20:28)私のブログを訪ね下さって感謝を差し上げます。福にあずかるよう願います。神様の教会では 聖霊安商洪様を信 じています。 安商洪様は 神様です。


韓国教会の便り 祭り
"エルサレムから湧き出た命の水を含んで世界へ世界へ"


2005/10/22


10月 17~24日(聖暦 7月 15~22日)、仮庵祭大聖会



神様の大いなる御恵みによって罪を洗って清められた全世界すべての神様の教会の聖徒は年中最後の祭りである秋の雨の聖霊の祝福があふれるように許された仮庵祭を迎えた。聖徒は10月17日(聖暦7月15)から10月 24日(聖暦7月22日)大会の終わりの日まで一週間、朝夕シオンに出席して秋の雨の聖霊の祝福と靈的神殿の材料である実を結ぶよう祈りながら宣教に心をつくした。

仮庵祭はモ-セが二度目の十戒を受けて降りて来た後神様の御言葉に従って幕屋を建てたことを記念したところから由来する。イスラエルの民はこの日山に登ってオリ-ブの枝となつめやしの枝を取って幕屋を建てながら、その中でお互いに助けて、樂しんだ。

これは今日靈的神殿の材料になる聖徒を皆深して天のエルサレム神殿を完工する預言的意味が込められている。また靈的刈り入れ時期である最後の聖霊時代に靈的実をおさめて天国の倉に入れることを予め表象することでもある。

仮庵祭大会の初日に御母様は“仮庵祭の春の雨の聖霊を聖徒すべてに満ち溢れるよう賜り、子供たちの祈りに多くの実で答えて下さい”と御父様に切に祈られました。また“春の雨の聖霊にあずかって世界のすべての民族に駆け付ける新しい契約の働き手が多く輩出して下さい”と言われながら“霊的天の材料である子供たちがシオンで完全な愛と和合で天のエルサレム神殿を 早く完工するように”と祈られました。

総会長金湊哲牧師はこの日仮庵祭の由来を通じて祭りの大事な意味を振り返りながら“旧約時代イスラエルの民のように神様の御言葉で感動にあずかって心の熱い者になって霊的神殿建築に参加して神様に多くの喜びを献げよう”と言い神様の御言葉に感動を重ねてあずかる者になろうと促した。

午後説教ではネヘミヤ神殿建築当時の歴史を思い出して“当時多くの妨害があったが神様が成し遂げる御業だから預言どおり神殿建築が完工されたように、天の神殿建築が仕上げられるこの時点でも多くの邪魔が入るはずだが神様の預言どおり天の神殿は必ず完工される”と言いながら宣教に力を加えて上げた。


ⓒ 2005 WATV

聖徒は力強く‘ア-メン'を叫びながら全世界に散らばった兄弟姉妹たちをさっそく深して天のエルサレム神殿を完工するのに一翼を担当すると念をおした。


仮庵祭宣教大会の初日から終わりの日まで7日間聖徒たちは“神様が常に私たちと共におられること”を悟ってより宣教に力をつくした。また朝夕神様の貴い御言葉を研究しながら時代精神を悟らせて、ともし火と油を完全に準備した賢い子供に新たに生まれるために神様に春の雨の聖霊の満ち溢れる御恵みを熱い心で切に求めた。


仮庵祭宣教大会の終わりの日、御母様が御自ら教訓の御言葉を通じて命の水を無報酬で許されました。御母様は“来なさい、聖霊運動しましょう”というあいさつで聖霊時代を導いて行く生命救援運動である“聖霊運動”の信号弾を鳴らされ“聖霊運動を全世界に広げよう”という主題で子供たちに時代的召命を悟らせてくださった。


聖霊運動の核心は命ある者を死と陰府に連れて行こうとするサタンのたゆみない“悪霊運動”を新しい契約の真理で沮止して、バビロンで呻く可哀相な魂を永遠の命が許されたシオンに導くのだ。聖霊運動の開かれる場所は全世界であり対象は全人類だ。すでに新約時代五旬祭の秋の雨の聖霊の御恵みによって異言の能力を重ねてあずかった弟子と聖徒が世界各国に駆け付けて多くの民族に真理を伝えて聖霊運動を広げた事がある。その結果神様の救いの摂理が世界的に知られるようになった。


“私たちは仮庵祭の春の雨の聖霊をあふれるようにあずかった者”と言われた御母様は“聖霊にあずかった者の行いは命の水を配る聖霊運動で現われること”だから “全世界のすべての民族に駆け付けて受けた聖霊を豊かに配る新しい契約の働き手にならなければなりません。”と重ねて頼まれた。


またエレミヤ、ヒゼキヤ王、パウロ及びイエス様の弟子たちも聖霊運動を広げる中に多くの迫害の中にも神様を頼って聖霊の能力で大胆に真理を伝えたと証しをなさって “災いに置かれた可哀相な人たちをためらわずに救いの逃れ町であるシオンに導かなければなりません”とおっしゃった。


御母様の御言葉を通じて滝のような春の雨の聖霊の祝福にあずかった 聖徒たちは全世界に駆け付けて受けた聖霊の祝福を分ける命の伝令になるという固い意志を見せた。


いろいろな迫害と苦難にも聖霊の能力ですべての患難に勝って五旬祭の聖霊運動を立派に堪えた多くの預言者たちがいたから今日私たちが命に生きることができたことを忘れては行けません。預言者たちがいただいた聖霊を伝えないでいたら今の私たちはいないことは自明の理だ。神様の預言を信じて異言の能力を重ねてあずかって福音の貧土で勇ましく跳びこんだ多くの預言者たちの活躍を模範として私たちも世界各国に駆け付けて受けた聖霊を十分に伝えなければならない。


“靈"と花嫁とが言う。「来てください。」これを聞く者も言うがよい、「来てください」と。渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい(黙22章17節)。”


世に起きるさまざまな災いの便りで恐ろしさに震えている乾いている者に命の水を思いきり伝えて永遠な命があるシオンに招待する子供たちになるように祈る。